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後日談 『おしおきー59』

淡々と語る大胡に、秋音は痛ましげに目を伏せた。 「そう……ですか……」 「そんな顔をしなくてもいい。私も貴弘も覚悟はしていた。事実は事実として受け止めているよ。その上で、貴弘とは今、良好な関係を持つことが出来ている。だからその点は心配要らないんだ」 秋音は顔をあげ、微笑む大胡にほっとしたように頷き 「……良かった……。では貴弘さんと貴方の状態は安定しているんですね」 「ああ。お陰様でね。信用を失墜して業績が悪化したうちの会社を立て直す為に、今、貴弘は全力で私を支えてくれている。……血の繋がりだけが親子ではないよ。むしろ事実を受け止めてからの方が、貴弘と私の距離は縮まった気がする。 あ、いや。君にとっては……気分のいい話ではないだろうが」 自分を気遣い少し表情を曇らせた大胡に、秋音は首を振って微笑み 「いえ。そのお話を伺って、俺は安心しました。貴弘さんは、貴方の息子です。血の繋がり以上に大切なものはあると、俺も思います」 「君にそう言って貰えると嬉しいよ。それでだ。さっきの遺言の話に戻るんだがね。貴弘には当然、相続の権利はなくなった。彼も充分、それで納得している。そうすると、正統な権利を持つのは君だけだ」 「俺が相続放棄をすると、それはどうなるんですか?」 「万が一、孫が全て権利を有さない場合は、全額寄付という形になるそうだ」 秋音はちょっと考え込み 「寄付ですか。俺はそれで構いませんが、ちょっと納得がいかないな。俺が相続放棄した時点で、息子である貴方に権利があると思う。それこそ、会社の立て直しの為に使ってもらえればいい」 「いや。私は父からきちんと正式な相続を受けているからね。そちらの遺産は、やはり君が相続して、自分の為に使うべきなんだよ」 「でも俺は相続したくありません。その遺産は、俺の大切な家族の命を奪った金だ」 珍しく、感情をむき出しにして声を荒らげた秋音に、今度は大胡の方が痛ましげに顔を歪める。 秋音の祖父の遺産が、あの一連の事件の直接の動機ではなかったことは、犯人の片岡の供述から分かっている。あの男は桐島家に復讐をしたくて、麗華に自分の子供を産ませ、ゆくゆくは跡目を継いだ貴弘と麗華を脅して、祖父の遺産も桐島家も自分のものにするつもりでいたのだ。秋音の家族の命は、その目的を遂げる為の踏み台として利用されただけだ。 そのむごすぎる供述を秋音に会って伝えた時、秋音は堪えきれず、男泣きに泣いた。 直接の動機ではなかったが、秋音にとって祖父の遺産は、忌むべき憎しみの象徴だろう。頑なに相続を拒むのは当然のことだった。 「普通に相続をしろと言っているわけではないのだ。少し私の考えを聞いてくれないか?」 大胡の穏やかな口調に、秋音はまだ納得はいかない表情ながら、ぐっと激情を抑え込んだ。 「……すみません。取り乱しました」

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