424 / 445

後日談 『おしおきー60』

「いや。君のその反応は当然だと思うよ。 ……ちょっと現実的な話をしよう。君と篠宮くんの将来についてだ。君はあの事件のせいで、将来有望だった職を捨てざるを得なかった。今は田澤の事務所で働いているが、ずっとあの仕事を続けるつもりはないのだろう? だが、元の会社に戻るつもりもないのだと、田澤から聞いたよ」 「ええ。仙台には、雅紀にとってあまりにも酷い過去があり過ぎます。俺はあいつを苦しめてまで、元の職場に拘わる気はありません」 大胡はゆっくりと頷いて 「私はね、君の生涯のパートナーとして、篠宮くん以上の相手はいないと思っている。彼は本当にいい青年だ。だが、男同士である以上、社会的なハンデというものは間違いなく存在するよ。私はね、君のことはもちろんだが、篠宮くんにも幸せになってもらいたいのだ」 大胡の顔に優しい笑顔が浮かぶ。さっきの雅紀とのやり取りを見ていても感じたが、大胡は雅紀をとても気に入ってくれているようだ。 「この先、2人で生きていく為に、まとまった金というのは決して邪魔にはならない。君があの遺産を受け取るのがどうしても嫌なら、一旦相続をした上で、将来の資金として必要な分だけを、その中から一時的に借りるつもりで利用してみてはどうだい? 収入が安定した時点で戻す。それ以外の不必要な金はどこかに寄付するなり、それも君が決めればいい」 「それは……。でもそれではやはり、俺が相続することに変わりはありません」 「うん。それはそうなんだがね。あの事件の全ての元凶は、父だ。父の強引なやり方のせいで、片岡という男の人生が狂い、それが結果的に君の人生をも狂わせてしまった。父が遺したものが、君のこれからの人生に役立つのであれば、忌わしき金も少しは生き金になる。……まあ、そういう考え方もあるということだ。だがね、金で命は償えない。君がどうしても納得出来ないというのであれば、私のこの考え方はもちろん引っ込めるつもりだ」 大胡が話し終えても、秋音は険しい表情のまま、しばらく黙り込んでいた。何度か口を開きかけ、思い直して口を噤む。それを繰り返した。 秋音が感情のままに大胡に食ってかかって来ないのは、彼らしい思慮深さだろう。大胡には、自分が大人の狡い考え方を、彼に提案しているという自覚はある。これをそのまま受け入れるのは、生真面目な彼にはやはり難しいかもしれない。 「返事は決して急がないよ。今はまだ気持ちの整理も出来ていないだろうからね。ただ、すぐに結論は出さずに、篠宮くんや、もう1人の君である早瀬くんとも、よく相談してから決めて欲しいのだ」 「……分かりました。考えてみます」 秋音は噛み締めるようにそう言うと、大胡に続いて立ち上がった。

書籍の購入

ロード中
コメントする場合はログインしてください

ともだちにシェアしよう!