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後日談 『おしおきー61』
大胡とまだ話があるからという田澤を残して、秋音と雅紀は先に桐島邸を出て車に乗った。酒を口にしなかった雅紀が帰りの運転をつとめた。
慎重に運転しながら、雅紀は時折、ちらっと隣の秋音の顔を見る。
和やかな雰囲気で大胡の書斎に行ったはずの秋音が、戻ってきた時には、ひどく考え込み表情を曇らせていたのが、ずっと気になっていた。
自分には心配をかけまいとして、ごく普通に穏やかな笑顔を浮かべてはいたが、大胡との話し合いが、彼に何か憂いを与えたのは間違いない。
……やっぱり俺、一緒についていけばよかったのかな……。
まさかあの大胡に限って、秋音を傷つけたり苦しめるようなことを言うはずがない……とは思うのだが、何があったのか分からないのが、ひどくもどかしい。
「……秋音さん」
「ん? どうした」
「眠かったら寝てもいいですよ。俺、ちゃんと安全運転するから」
雅紀の言葉に秋音はふふっと笑って
「おまえの運転は信用してるよ。でも大丈夫だ。別に眠くはない」
「……そう。でも……なんか元気ないし」
普通にしているつもりでも、やはり雅紀には分かってしまうんだろう。
けれど問い詰めたりはせず、さり気なく気遣ってくれる雅紀の優しさが、心にしみる。
大胡の提案に、気持ちが惹かれた訳ではなかった。何を言われようと、あの遺産を相続する気にはなれない。ただ、雅紀にも幸せになって欲しいという大胡のひと言には、かなり心が揺れた。
田澤の事務所での仕事には慣れてきたが、やはりあそこは一時的な繋ぎでしかない。事務所の経営は安定しているが、自分と雅紀は、どうしても必要な人員ではない。田澤は何も言わないけれど、余分な人間をこの先何年も雇い続けるのは、経営面で言えばかなりキツいだろう。あそこで働きながら就職活動もしているが、新卒でも就職難というこのご時世だ。なかなか条件をクリアする場所は見つからないし、2つの人格という奇妙なハンデのこともあり、しかもトラウマを抱えている雅紀と、別の職場になってしまうという不安もある。
暁はその点あっけらかんとしていて、人格のことは自分が消えれば解決すると思っているようだが……。俺は暁に消えさせる気はさらさらない。
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