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後日談 『おしおきー62』
いろんな問題を考えると、どこかの会社に雅紀と別々に就職するよりも、一緒に起業する方向に気持ちは傾いていた。組織に所属せず、自分たちで会社を起こすなり店を始めるなりすれば、マイノリティとしてのハンデも、二重人格の問題も、雅紀のトラウマへの不安も、それほど負担にはなるまい。
以前、暁が雅紀に将来一緒に店を持ちたいと、夢を語ったことがある。
自分は暁のように料理やお菓子作りの知識も技量もないが、雅紀は暁に教えてもらって、手作りに挑戦するのがひどく楽しいようだ。何か作ると、必ず秋音の分も取っておいてくれて、秋音が食べると、いつも蕩けそうに幸せな笑顔を見せてくれる。
……暁にも相談してみるか……。あいつには、俺と違う考え方があるだろう。
「心配するな。この所、休暇前でばたばたしていたからな。ちょっと疲れが溜まってるんだろう。それに……」
秋音は穏やかに微笑み、雅紀の手に自分の手をそっと重ねると
「ちょっと雅紀が不足気味なんだ。帰っておまえを補充したら、またすぐに元気になる」
秋音の言葉に雅紀は一瞬きょとんとなり、やがてじわじわと頬を赤くした。
「俺不足って……。俺、秋音さんのビタミン剤ですか」
「うーん。ビタミンだけじゃない。おまえは俺の心の栄養剤だからな」
信号が赤になる。秋音は車を一旦停止した雅紀に、指先でくいくいっと合図して、おずおずと近づいてきたその唇に、素早く口づけた。
『大胡さんの提案、俺はいいと思うぜ。あんな金、受け取りたくねえっていうおまえの気持ちはよく分かる。だったら相続しても実際には受け取らずにさ、まんま全額どっかに寄付しちまったっていいんだ。
たださ、これは俺の考えだから怒んなよ。祖父さんの件で、たしかにおまえは酷い目にあわされた。けど……おまえとはまったく違う意味で、人生狂わされた人間が1人いるだろ。
……貴弘だよ。桐島貴弘。あいつは今どん底だ。なにしろその出生自体を、実の父親に復讐の道具として利用されていたんだからな。自分の足元を根底から覆された。あいつもある意味、犠牲者なんだ。
でもあいつは今、前を向いてる。自分の本当の息子じゃないって確定しても、変わらずに大切に思ってくれる大胡さんの為に、桐島の長男として会社を立て直そうと必死に走り回ってる。
だったらさ、その忌まわしい遺産、一旦相続した上で、あいつの為に使ってやったらどうだ?もちろん、ただあいつに渡すんじゃ、意地でも受け取らねえだろうからさ、増資するんだよ。大胡さんと貴弘の会社にさ。投資って形なら、貴弘のプライドも傷つかねえだろ。元々は祖父さんが稼いだ桐島家の金だ。だったら本来あるべき場所に戻すだけだ。祖父さんがいったいどんな思惑で、息子を通り越して孫になんて、ややこしい相続を思いついたのかは分かんねえけどな。そんな我が儘な祖父さんの思い通りになる必要ねえだろ』
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