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後日談 『おしおきー67』

それにしても、貴弘の印象は随分変わったと思う。初めて会った時のやり取りを思い出すと、まるで別人のようだ。 元々、年相応に渋みのある顔立ちのくっきりした男前だが、初めて会った時は、傲岸不遜な態度ばかりが前面に出ていて、第一印象は最悪だった。苦労知らずの金持ちの御曹司という感じで、話し方や表情にいちいち刺があり、相手を見下している感が明らかだった。 今は、相変わらず自信ありげな男前っぷりが少々嫌味ではあるが、物腰にも表情からもけんが取れて、穏やかな紳士的な雰囲気を漂わせている。 自分の生い立ちを知り、苦しみ傷ついたことで、人として成長したのだろう。人は経験からしか、なかなか学べないが、同じ経験をしても、そこから何も学べない人もいる。挫折を味わうことで心に深みを増したのだとしたら、貴弘はもともとが聡い人だったのだろう。 ……まあ、この雅紀が一時的にとはいえ、懐いて心許した男だ。悪い人間ではなかったんだろうけどな。 「暁くん、君も見てないで食べてごらん。君はお菓子作りが得意なんだろう? 篠宮くんが以前持ってきてくれたケーキも、君から作り方を教わったと聞いたよ」 大胡の声に、暁は思わず照れ笑いして 「ああ……まあ、好きですね。食べるのも作るのも。このロールケーキはテレビで見て、1度食べてみたいと雅紀と話してたんです。んじゃ、遠慮なく頂きます」 暁は雅紀と同じように頂きますをすると、フォークでひと口頬張って 「んー。美味い。雅紀、やっぱりさ、こないだ話してた米粉だと思うぜ、これって」 「あ~やっぱりそうなんだ。結構もちっとしてるけど、口の中でふわっと溶けるでしょ。この食感、絶妙ですよね」 楽しそうに話す2人に、大胡は目を細めて微笑み、貴弘は苦笑して、やれやれというように首を竦めた。 雅紀と病院で別れてから、まだ1年も経っていないのだ。彼への想いが完全に消えてしまったわけじゃない。 普段は仕事に追われて忘れていても、ふと気を抜いた瞬間に思い出すのは、雅紀の優しい笑顔や可愛い仕草。 この胸にくすぶる気持ちを完全に吹っ切るには、まだまだ長い時間が必要だろう。 ただ、昨年のような、自分でも病的だったと思えるほどの狂おしい執着心は、憑き物が落ちたようにすっかり消え失せていた。目の前の仲睦まじい2人を羨む気持ちがないわけではないが、それ以上に、雅紀が幸せそうに笑っていることが、素直に嬉しい。

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