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後日談 『おしおきー68』

貴弘の視線に気づいた雅紀が、照れたようにはにかんだ。 出会った頃には、自分にもよく見せてくれた、心和む優しい表情だ。こんな雅紀を随分と久しぶりに見たと感じるということは、自分がどれほど雅紀の心を見失っていたのか分かるというものだろう。 「貴弘さんも……食べませんか?これ、すっごく美味しいです。そんなに甘くないし」 「ああ。頂くよ」 雅紀に笑顔で促され、貴弘は目の前のケーキの皿に手を伸ばす。ひと口食べてみると、たしかに上品な甘さで、甘い物好きではない自分でも、ひと切れならば軽くいけそうだ。 「ね? 美味しいでしょ」 「そうだね。見た目よりあっさりしてるな。だが……私には君が作ってくれた、あのシフォンケーキの方が美味いと思うよ」 貴弘の言葉に、雅紀はぱっと目を見開き、面映ゆげに目を揺らした。 「あー……あれ。あれはまだ俺、ケーキ作り覚えたばっかで、全然下手くそだったし」 「いや。あれは、君の真心がいっぱい詰まっていた。優しくてあったかい甘さだったよ」 実際は切なくて、ちょっとしょっぱい涙の味がした。それでも、貴弘にとっては忘れられない、雅紀の優しさそのもののようなケーキだった。 酷く辛い苦しい思いばかりさせた自分を、責めるでも詰るでもなく、最後に全てを赦してくれた雅紀。そんな風に終わった恋だからこそ、自分は今、しっかりと前を向いて生きていけるのだと思う。 貴弘の褒め言葉に、雅紀はじわっと頬を赤くして、助けを求めるように暁を見た。暁はちょっと悪戯っぽく笑って、素知らぬ顔を装う。雅紀は恨めしそうに暁を睨んでから、もう1度貴弘の方を見て 「そう言って貰えると……ちょっと恥ずかしいけど……嬉しいです」 照れたようにそっと目を伏せた。 「それでね。君たちにちょっと相談があるんだ」 「……へ?……えと、相談?」 貴弘の唐突な話題転換に、雅紀はきょとんとして顔をあげた。暁も意表をつかれて、怪訝な顔で貴弘の顔を見つめる。 「本題に入る前に、まずはうちの社への増資の件についてだ。父から詳細は聞いている。早瀬くん、そして秋音にもだが……ありがとう。君たちの出資のおかげで、私の立ち上げた新規事業は軌道に乗りそうだ。まだまだ大幅な利益には繋がらないが、大口の取引の話も少しずつあがっていてね。本社の方の信用回復にもいい影響が出ている」 急にビジネスマンの顔になった貴弘に、暁も表情を引き締め 「そうですか。事業については俺はまったくのど素人なんで、上手くいくかどうか心配でした。順調にいっているんならよかったですよ」

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