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蒼いかけら2

まだ何か言いたげだった桐島を無視して一礼し、まさきの腕をひっつかむと、強引に立たせ、そのままラウンジを後にした。 まさきは、戸惑いながら、しきりに桐島の方を気にしていたが、あきらは構わずエレベーターに向かっていく。 エレベーターのボタンを押そうとしたところで、まさきが急に後込みした。 「あ…あきらさん、待って」 「何だよ」 ……まだあいつに何か用事でもあんのか? 苛立って振り返ると、まさきはちょっと怯えたような顔をしていて…… 「俺、トイレ行きたいから……」 「あ…ああ、そっか」 まさきの表情を見て、自分がかなり頭に血が登っていたことに気づく。 「悪い。あ、トイレな。そこの奥、突き当たりを右だ。俺は、その手前の喫煙ルームで煙草吸ってるから」 つかんでいた彼の腕を離し、レストルームの方を指差すと、まさきは無理したような笑みを浮かべ、コクンと頷いてから先に歩き出す。 あきらは、彼がトイレの方に消えたのを見届けてから、喫煙ルームの扉を開けて、壁際のソファーにどっかりと腰をおろした。 ……何やってんだよ。俺は……。 マッチを擦って煙草に火をつけ、深いため息とともに煙を吐き出す。 ……強引に誘って、ここにあいつを付き合わせたのは俺だろうが。約束してた相手が、たまたまあいつの知り合いで、いけすかないヤローだったからって、あいつには何の罪もない。俺が勝手に苛立って、八つ当たりしてるだけだ。 ……怯えてたよな。俺どんだけ怖い顔してたんだよ。 まさきにあんな顔させるなんて……。 すごく嫌な気分だったのだ。 まさきが親しげに、桐島のことを名前で呼んだのも。 2人が自分には分からないような会話を交わしたことも。 桐島と同じ「ただの友人」だと言われてしまったことも。 ……いや。友人だろ。間違ってねえし。 しかも、俺は昨日逢ったばかりの、友人なりたてほやほやだろーが。 桐島との付き合いは、当然のことながら、自分より長いだろう。2人が自分には分からない会話をしたって、別におかしなことじゃない。 それでも。嫌だったのだ。モヤモヤした。イライラしてしまった。 ……なんだよ。この強烈な独占欲は。……嫉妬か? 馬鹿馬鹿しい。あいつの親しい相手が、自分だけじゃないと嫌だとか、どこの恋する乙女だよ。 っつーか。……恋……? 自分の煙草から立ち上っていく煙をぼんやりと目で追いながら、あきらは茫然としていた。 ……何……これ?何の冗談? トイレに入った途端に送られてきた、メールの文字を見て、まさきは唖然とした。 桐島からだった。 ―早瀬くんとの食事が終わったら、帰るふりをして戻っておいで。ルームNOは○○○○。さっきの話の続きをしよう。私たちのこれからについての大事な話だ。待ってるよ。― は?何これ。 ……私たちのこれから…って何? さっきの話って…奥さんの浮気のこと……だよな…… でもそれが俺に、何の関係があるわけ? あ~もう頭ん中ぐちゃぐちゃだよっ まさきはメールを閉じて、スマホをポケットに突っ込むと、洗面台に両手をついてうなだれた。 あきらさんと貴弘さんが、顔見知りだったってだけでも、もう俺、いっぱいいっぱいなのに。 あきらさん……早瀬っていうんだ。早瀬あきらさん。 浮気調査って……探偵さん……ってこと? あんなにいっぱい話したのに、俺、まだあきらさんのこと何にも知らないんだな。 それより……怒ってたよな……あきらさん。当然だよな、あんな言い方されたら。 貴弘さん、なんであきらさんに、あんな嫌な態度したんだろ。 俺と一緒にいたから? や……それはないよな。 だって俺と貴弘さんは、別に恋人ってわけじゃない。俺が誰と何しようと、これまで気にしたことなんかなかったし。 俺だって、貴弘さんが他に誰と何してるかなんて知らない。知りたいとも思わない。 私たちのこれから? もう会うのはやめようってこと? それならそれで別に構わない。また独りに戻るだけだ。 っていうより。 もうこんな関係やめた方がいい。いや、やめたい。 俺、もう、あきらさん以外の人に触れられたくない。 キスも……その先も。 ノンケのあきらさんに、 それを望むことは叶わなくても。 それでも。 あきらさんじゃないなら、他に何もいらない。 完璧に……恋……しちゃってるよな…… まさきは顔をあげ、鏡の中の自分を、ぼんやりと見つめた。

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