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後日談 『おしおきー77』

「それに……俺自身、藤堂さんの所には、もう戻るつもりはないんだ。犯人探しの為にあの仕事を辞めた時点で、俺の中では踏ん切りがついている。雅紀とおまえと、これからずっと生きていくなら、過去は引きずらない場所がいい。俺は生まれ変わったつもりで、新しいことを始めたい」 秋音が、自分への気遣いの為だけに、建築デザインの夢を諦めるのは、暁としては納得出来なかった。でも、秋音の主張が本気の本音なら、雅紀の幸せを優先させたいのは自分も同じだ。 それに、雅紀の抱えるトラウマももちろんだが、秋音自身も、大切な人を守れなかったという過去の哀しみを抱えている。雅紀の側で仕事したいというのは、単に過保護だからということではないのだろう。 ……んじゃまあ。そろそろ決めるか……。 どの道を選んだとしても、俺は雅紀と秋音を幸せにする為に、精一杯頑張るだけだ。 「暁さん? どーしたの。考えごとですか?」 ぼんやりしていたら、雅紀が心配そうに顔を覗き込んできた。 暁はにかっと笑うと、雅紀の頭をわしわし撫でて 「いーや。何でもねえよ。おし。じゃあ焼きあがるまで、コーヒーでも飲んで待ってるか。あ、そだ。こないだ海沿いのカフェで見つけた美味い豆、早速試してみようぜ」 雅紀はぱぁっと笑顔になって 「あっあれ。すっごく美味しかったですよね~。うちで淹れてもあんな美味しく出来るかなぁ」 「店主にコツ教わったからさ、今日はペーパーじゃなくて、ネルドリップで試してみるか」 雅紀はこくこく頷くと、戸棚からネルドリップ用の器具1式をいそいそと取り出し、大事そうに抱えてきて 「暁さんってほんっと凝り性。最近はコーヒーと紅茶にも嵌ってるし」 暁はふふんっと笑うと 「美味いお菓子には、やっぱ美味い飲み物だろ。今日はチョコパウンドだから、コーヒーのが合うよな」 暁は冷蔵庫に保管しておいたネルフィルターを取り出すと、沸かしたお湯を細口のドリップポットに移し、フィルターをお湯に浸して、固く絞って布巾で水気を取って、専用のサーバーにセットした。荒挽きのコーヒー豆をフィルターに入れて、準備は万端だ。 興味津々に横で見つめる雅紀に微笑んで、ポットから豆にお湯を注ぐ。満遍なく湯を注いでから20秒ほど蒸らし、再びのの字を描くようにしてお湯を注いでいく。豆のいい香りがたちのぼる。ふっくらとふくらんだ泡を潰さないようにしながら、慣れた仕草でコーヒーを淹れていく。 雅紀は、香りたつコーヒーと、暁の真剣な横顔を交互に見つめた。

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