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蒼いかけら4

「なんか慌ただしくなっちゃってすみません」 店を出て、駅前のロータリーの道を並んで歩く。ちょっと肩を落として、残念そうな顔で、まさきがそう言うと、 「いや。美味かったぜ~。ラーメン。餃子もな。俺のラーメンランキングの中じゃ、トップ5に入るんじゃないか」 「あ、ほんとに?気に入ってもらえてよかった」 ほっとして、嬉しそうに微笑んだまさきに、あきらは笑って頷くと、時計を見て 「おまえさ、これから帰って仕事すんだろ?間に合うの?」 「あ~……うん。途中までは会社で作ってたから……多分……大丈夫」 「ほんとに大丈夫か~?たしか東西線だったよな。んじゃ、そっち先、見送るよ」 言いながら、改札の方へ向かおうとするあきらの腕を、咄嗟につかんで引き止めた。 「ここ、ちょうど中間くらいだから、ここでお別れしましょう。改札で見送られるとか、俺、なんか帰るのほんとに嫌になっちゃうし」 上目遣いでちょっと悲しげな顔をされて、あきらはドキっとした。慌ててつかまれてない方の腕を伸ばし、彼の頭を優しく叩きながら 「んな顔すんなよ~。また次の休みにでも、都合よかったら会おうな。俺の方は休み不規則だからさ、ラインくれたらなるべく合わせるよ」 「はい……。あの、あきらさん…」 「ん?なに?」 「俺、あきらさんに逢えてよかった……」 うっすらと微笑んで、しみじみした口調でそう言われ、あきらは自分の心拍数があがったのを感じた。 ……ちょっ落ち着け、俺 「なに…改まってんだよ」 「すごく楽しかったんです。ここ数年感じたことないくらい。 俺、あきらさんのこと、大好きですよ。幸せな時間、過ごさせてくれて、本当にありがとうございました」 名残惜しそうに腕を離し、深々と頭をさげると、まさきはくるりとあきらに背を向けた。 「あ……まさき」 そのまま歩き始めたまさきに、あきらは焦って声をかける。 「俺もだよ。おまえに逢えてよかった。また会おうな」 まさきは振り向かないまま、コクンと頷くと、足早に改札のある通路の方に姿を消した。 急に取り残されて、あきらはぼんやりと、まさきの去っていった方を見つめて呟く。 「なんだよ……そんな呆気なく行くなっつーの」 ふいに、ポケットの中のスマホが震え、ラインの通知を告げた。あきらは急いでスマホを取り出し、ラインを開く。 ―はじめまして。篠宮雅紀です。 送られてきたメッセージに、あきらの頬がゆるむ。 ―はじめまして。早瀬暁です。 メッセージを返すと、すぐに既読がついた。 自分の返したメッセージを見て、同じように頬をゆるませる雅紀の顔が、見えた気がした。 通路を曲がってすぐのところで、立ち止まり、雅紀は手の中のスマホをじっと見ていた。 暁が送ってくれた文字が、揺らめいて霞む。 別れの余韻を味わう暇もなく、背を向けて立ち去ったのは、滲んでしまった涙を、暁に見られたくなかったからだ。 大好きだと、告げた言葉に込めた精一杯の想いは、暁には伝わることはないだろう。 雅紀は、ラインを閉じてスマホをポケットに入れ、代わりに取り出したハンカチで、こぼれかけた涙をぬぐった。 ゆっくりと深呼吸して、気持ちを落ち着ける。 もっと一緒に居たかったのに、仕事があると嘘をついてまで、暁と早めに別れた理由は、ちゃんとケジメをつける為。 ―桐島との関係を終わりにする― 桐島のことは、決して嫌いではない。いや、好きだったと思う。 今日の暁に対する態度は、ちょっといただけなかったけれど、自分と会ってた時はいつも、優しかったし紳士だったし、嫌な気分にさせられたことはなかった。 食事や飲んでいる時の会話も、穏やかで心地よかった。身体を重ねる時も、雅紀の嫌がることは絶対しなかったし、相性が悪くないからこそ、1年以上続いていたのだ。 けれど、雅紀は気づいてしまった。 暁に逢って、たった1日で恋におちて。 違うのだ。全然。 好きの種類が。 過ごす時間の意味が。 心の持っていかれ方が。 相性がいいとか悪いとか。 居心地がいいとか悪いとか。 頭で考えている余裕なんかなかった。 心がぐんぐん引き寄せられて、抗うことも出来なかった。 自分の中に、こんな激しい感情が眠っていたなんて。 こんなにも暁が好きなのに、桐島に抱かれるなんて出来るはずがない。 だから。 雅紀は、もう一度深呼吸すると、ゆっくりと歩き出した。 

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