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後日談 『おしおきー82』

藤堂を兄さんと呼んだ男を、暁はじっと見つめた。 恐ろしく綺麗な男だ。ちょっと斜に構えたような気怠い雰囲気だが、大きな目が印象的で、藤堂にはあまり似ていない。 「いや、おまえはまだ帰るな。もっときちんと話がしたい」 何故か動揺しまくっている藤堂の姿が気の毒で、暁は藤堂ににっこり笑いかけると 「俺たちこれから、駅前の方をぶらぶらして、午後には向こうに帰る予定なんで」 「藤堂さん。お世話になりました。これ、たいしたものじゃないけど」 藤堂は雅紀の差し出すお土産を受け取って 「ああ。ありがとう。旅行は楽しかったかい?」 「はいっ。とっても。それじゃあ失礼しますね。また遊びに来ます。本当にいろいろとありがとうございました」 「また是非来てくれ。君たちの幸せを願っているよ」 「ありがとうございます」 暁と雅紀は、藤堂に深くお辞儀をすると、マンションを後にした。 「さっきの……藤堂さんの弟さん……ですよね?」 「ああ。兄さんって呼んでたよな」 「すっごく綺麗な人。俺、ちょっとドキドキしちゃったかも」 「まあな。たしかに綺麗だったな。でもやっぱ、おまえの方がもっと美人さんだ」 暁の言葉に、雅紀はぽっと赤くなり 「や。俺なんか全然、美人じゃないし……」 暁は雅紀の頭をわしわし撫でて 「いーや。おまえのが絶対美人だって。それにしても藤堂さん、なんだかえらく慌ててたよな。あんなあの人見るの、俺は初めてだぜ」 「たしかに……。俺も見たことないかも」 ……突然訪ねてきた弟に、ものすごい気を遣ってるように見えたな……。 「ま。あそこにもいろいろ事情があんだろ。それより雅紀。駅前行ったらさ、いい店見つけて美味いもん食おうぜ」 「んもぉ……暁さんの食いしん坊。山形でも秋田でも、美味しいものいっぱい食べたでしょ。また食べ物のこと言ってる」 「美味いもん食うのも旅行の醍醐味だろ。ほれ、電車来たぜ」 暁は雅紀の背中を押すと、電車に乗り込んだ。 地下鉄で勾当台公園に行き、そこから歩いて、目指すおでん屋に向かった。前から1度行ってみたかった店だ。ランチの時間が始まったばかりで、少し並んですぐ中に通された。 カウンターもあったが、個室になっている座敷にした。雅紀はきょろきょろと珍しそうに店内を見回している。 「いい感じだろ?」 雅紀は鼻をひくひくさせて 「うん。いい匂いしてる」 「美味いって評判の老舗だよ。ランチタイム外すと、夕方まで閉まっちまうからな、ここ」 「ふうん。おでん屋さんって俺、屋台とかのイメージだったかも」 「また牛タンにしようかとも思ったんだけどさ、肉は美味いの結構食ったし、たまにはこういうのもいいだろ」 「うん。暁さんのお勧めの店はハズレがないから。俺、楽しみですっ」 雅紀は楽しそうに微笑むと、メニューを眺め始めた。

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