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後日談 『おしおきー85』
雅紀の懸念はやはりそこだろう。藤堂にはもう戻らないときっぱり告げたが、あの仕事自体も捨ててしまうのかと、暁もその点だけが気掛かりだったのだから。
「だよな~。俺もそのことが一番引っかかってたんだ。藤堂さんとこでやってた建築デザインの方が、あいつの本来の仕事だったわけだしな。でもさ、その秋音自身が、新しいことを始めてえって言ってるんだ。過去はもう引きずりたくねえってな」
「過去は……引きずりたくない……?」
雅紀は自分の胸にそっと手をあてた。暁は雅紀の柔らかい髪を優しく撫でると
「秋音もおまえも俺もさ、過去ってやつが枷になって、そいつにずっと振り回されてきたわけだよな。だからもう、そっから決別する。もちろん、そういう過去があったからこそ、俺たちは出逢えた。そのことを否定する気はねえさ。でももう重い枷は要らねえんだよ。俺たちはまったくいちから、新しい人生を切り拓くんだ。その為に3人で頑張っていこうぜ」
「……うん……そっか、新しい人生……」
「秋音の考え方が、すっげえ前向きだったんだ。あいつなりに、いろいろ考えた末の決意なんだなってのが分かった。だから俺も納得出来たんだよ。
な、雅紀。俺たちと一緒にやってみようぜ」
雅紀は暁を上目遣いで見つめ、ふにゃんと幸せそうに微笑んだ。
暁と秋音と一緒にお店をやる。なんだか夢物語みたいで、全然想像出来ないけど、そんな幸せな未来を、彼らは俺にくれると言うのだ。一緒にやっていこうと言ってくれてる。
だったら……自分にも出来ることがあるなら、精一杯頑張っていきたい。
過去の残酷な記憶は、まだ時折よみがえってきて、息が苦しくなる時がある。嫌な夢を見て、うなされることもある。自分の抱えているトラウマが、どんな形で彼らの足を引っ張るか分からないという不安は、どうしても拭えない。
でも……。
雅紀はじっと暁の目を見つめた。きりっとした切れ長の目。今は目尻が少しさがって、包み込むような優しい眼差しで、真っ直ぐに見つめ返してくれる。
……この人となら、大丈夫。きっと俺は前を向いて生きていける。
「ありがとう。暁さん。俺、頑張る。俺でも出来ること、あるんなら一生懸命にやってみます。だから……だからお手伝いさせてくださいっ。一緒に……やらせてくださいっ」
暁は嬉しそうに笑って、雅紀の身体をぎゅううっと抱き締めた。
「おまえに出来ることはいっぱいあるぜ~。ってか、おまえにしか出来ねえことがあるんだよ」
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