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第15章 硝子のかけら1

……今日もメッセージはなし、か……。 暁は、ラインの「まさき」のページを開き、何も更新されていない画面を、指先でピンっと弾いた。 あれから5日経つ。雅紀からの連絡はなかった。 仕事でバタバタとあちこち飛び回りながら、無意識に、何度もスマホをチェックしていた。 1日経ち2日経ち、3日目に仕事を終えて帰宅した時には、我慢出来ずに、こちらからメッセージを送ってみるかと、ラインを開いてみた。 ―元気か?今何してる? そう文字を打ってはみたものの、たいした用事もないのにメッセージを送るのも、なんだか気恥ずかしいような感じがして、結局送信出来なかった。 そうして一度送り損ねると、なんとなく機会を逸したまま、ちょっとイライラしながら、雅紀からの連絡を待ち続けた。 でもさすがに、今日は金曜日だ。日曜日が定休だと言っていた雅紀に、不定休な暁が都合を合わせるとなると、いろいろと仕事の調整が必要になる。 ……や、そろそろ日曜の都合とか聞かないとな。ちゃんと用事があるわけだから、ライン送ったっておかしくね~だろ。 誰に聞かれた訳でもないのに、何故か必死で言い訳を考えながら、暁は深呼吸して、ラインを開き、今度は打つ文字の内容で、悩み始めた。 ……久しぶり。元気か? ……っつーのもなんかなぁ……。 5日って久しぶりに入るか? んじゃ、こんにちは、元気にしてましたか? ……っつーのも、他人行儀な感じだしなぁ……。 元気か?だけでいいか。 ……いや、それも変だろ。うーん……。 散々悩んだ挙げ句に、 ―日曜日、どうする? そう打って、しばらく文字を睨み付けてから、思いきって送信した。 くだらないことで悩んだせいで、なんだかどっと疲れた。 暁はちらちらとスマホを気にしながら、再びパソコンに向かって、報告書の続きを打ち込み始めた。 ひと通り、急ぎの報告書を作成し終わり、パソコンの電源を落とす。すっかり冷めたコーヒーを飲みながら、灰皿と煙草を引き寄せる。煙草をくわえてマッチで火をつけ、時計を確認すると、夜10時を少し過ぎていた。 気にし続けていたスマホは沈黙したまま、雅紀からのメッセージの通知はない。 ……残業……かな。スマホ見てる余裕もないくらい忙しい……とかか? ふと思いついて、ラインの「まさき」のページを開くと、自分がさっき送ったメッセージには、既読がついていた。 送ったのは1時間ほど前だ。メッセージは見てくれたらしい。 なんとなく、雅紀はメッセージを見たらすぐ返事をくれるような気がしていたので、既読無視はちょっと意外だった。 ……いや、あいつだって学生じゃないんだし、見てもすぐ返事打てる状態じゃないっつーこともあるだろ。やっぱ残業かな~。 暁は煙草の煙をふーっと吐き出すと、もう一度パソコンを立ち上げた。 保存ファイルの中から、「まさき」を選択して開く。その中の1枚をクリックすると、はっとした顔でこちらを見ている雅紀の顔。最初に撮って、一番お気に入りの写真だった。 「これやっぱ、いい表情してるよなぁ」 しげしげと眺めてから、もう1枚、画像を呼び出す。 土手の下で、雅紀が、カタクリの斜面を見上げている1枚で、望遠レンズで手前にカタクリの花を入れて薄く暈し、後ろにも花を入れて、斜め前から雅紀の胸から上をズームして撮った。狙い通り、瞳をキラキラさせた彼の顔が、紫色の花のヴェールの中から、ふわっと浮かび上がるように写り、ちょっと非現実的な雰囲気に仕上がっている。 ……これもいいよな……。あっちはさりげない感じでいいけどさ、こっちのはなんか……幻想的っつーか。でも狙い過ぎになんねーのは、雅紀の柔らかい表情のおかげか。こいつほんとに綺麗な顔してるよな。花被せて違和感ないとか、どんだけだよ……。 暁は煙草を灰皿に押しつけて消すと、今度は画像編集ソフトを立ちあげた。 普段、暁はこのソフトを滅多に使わない。精々ちょっとトリミングする程度だ。ソフトを手に入れた当初は、編集次第で、自分の写真が劇的に変化するのが面白くて、いろいろいじっていたが、撮影の時に、無意識に編集を頼りにしている自分に気づいて、すっぱり止めていた。 ……たまにはちょっといじってみるか。 さっきの写真を呼び出して、明度と彩度を変えてみる。……気に入らない。トリミングしてみたり、彩度を極端にあげたり、モノクロにしたりと、いつの間にか時間を忘れて、没頭していた。 煙草に手を伸ばして、あと1本しか残っていないことに気付き、ようやく我に返って時計を見ると、夜11時を過ぎていた。 ちらっとスマホを見る。雅紀からの返信はない。 ……残業っつっても遅くないか?それに、ちょっと返事打つくらいは出来るんじゃねーの? なんだか胸の奥がもやもやする。 ……煙草きれちまうな。ビールもか。コンビニ行ってくるか…… 暁は、パソコンの電源をおとし、上着を羽織り、財布と鍵とスマホをポケットに突っ込むと、部屋をあとにした。 

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