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想いのかけら3

部屋の明かりを弱めにして、暁は雅紀の寝ている横に、胡座をかいて座っていた。 ローテーブルを引き寄せ、マッチで煙草に火をつける。 ……軽かったな……なんか怖いくらいだ。どうしちまったんだろ、こいつ。 煙草の煙をゆっくりと吐き出し、雅紀の寝顔に目をやる。 顔色はすき通るように白くて、やつれて弱ってはいたけれど、額に手をあてると、熱はそれほどないように思えた。今は身体の震えも止まっていて、寝顔はすごく安らかだ。 ……病気……ってわけじゃないのか。ならなんでこんな急に痩せたんだ?……食ってないのか?食えないくらい、なんか辛い目に遭った? 怯えていた。見てるこっちが辛くなってくるぐらいに。 ……ライン。無視してたわけじゃなくて、返信できなかったのか?……ここ来る前に連絡くれれば、迎えに行ってやったのにな……。 何があったのかは見当もつかないが、自分を頼って会いにきてくれたのが、嬉しかった。 細い繋がりが、まだ断ち切れていなかったことに、心底ホッとした。 変な気後れしてないで、もっと早くメッセージを送っていれば、雅紀がこんな風になる前に、助けてやれたんだろうか。 ……ま。後悔先に立たず、だ。悔やんでも仕方ねーし。大事なのはこの後だろ。 まずはこの弱ってるのを、何とかしてやんなきゃな。病気じゃないなら、なんか食わせてやらねーと。 手を伸ばし、頭をそっと撫でてやると、雅紀は微かに顔をしかめ、でもまた穏やかな表情で眠り続ける。 暁はそっと立ち上がると、部屋の襖は開けたままで、キッチンに立った。 ……まともに食ってないなら、あんま重たいのはダメだな。消化が良くて、身体あったまるもんがいいだろ。 冷蔵庫をのぞいて食材を探す。 雅紀は何度も謝っていたが、迷惑かけられたなんて、少しも思っていない。むしろ、こうして世話を焼いてやれることが、嬉しいのだ。 どんな事情があるにしろ、苦しんでいるのなら、自分が少しでも助けてやれるのなら、力になってやりたい。 鍋に水を入れ、火にかけながら、暁は自分の胸の奥が、優しい気持ちで満たされていくのを感じていた。 大きな温かい手が、頭を優しく何度も撫でてくれている。 ……気持ちいいな……まるで暁さんの手、みたいだ。 ……夢かな。ほっとする。夢なら覚めないで欲しいなぁ…… 願いも虚しく、優しい微睡みから、少しずつ覚醒していく。 雅紀は、ゆっくりと瞼を開け、至近距離にある顔に驚いて、目を見開いた。 「おはよ」 ちょっと目を見張った暁が、すぐに笑顔になってそう言った。 「あ……」 「なんでそんな驚いてんだよ。つーか。おまえ目、デカいなぁ」 「……暁……さん?」 「そ。俺。なんだよ。忘れちまった?俺の顔」 雅紀は、慌てて首を横にふってから、改めて暁の顔をまじまじ見つめ、 「夢……じゃないんだ……」 「おまえ~寝ぼけてんだろ。あったりまえだ。夢じゃねーよ」 暁は髪をくしゃくしゃっと撫で、 「だいぶ顔色マシになったな。腹、減ったろ。待ってろよ。今、温め直してくるからな」 にっこり微笑んで、暁の顔が遠ざかる。 「っ…あきらさんっ」 「んな心配そうな顔すんなって。すぐ戻るからさ」 暁はそう言うと、部屋を出て行った。 雅紀は暁の姿を目で追ってから、ぼんやりと部屋を見回した。 ……そっか……。ここ暁さんのアパートだ……。俺、夕べ……。 暁のラインのメッセージを見て、会いたくて堪らなくなった。頭がぼーっとしていて、考えるより先に身体が動いていた。 ホテルの部屋を飛び出して、駅まで行って、電車に乗って、駅からアパートまで歩いて。 会いたいとは痛切に思ったが、部屋を訪ねるつもりはなかった。迷惑をかけるのは嫌だったから。ただ、彼の近くに行ければそれだけでいいと思っていた。 時間が時間だから、暁は部屋にいるだろう。もしかしたら、もう寝てるかもしれない。 だから、まさか後ろから、声をかけられるとは思ってなくて、心臓が止まるくらい驚いた。 ……結局……迷惑かけちゃったな……でも…… 顔が見れた。 声が聞けた。 抱きしめてもらえて。 頭を撫でてもらえた。 会えて嬉しい。 会えて……嬉しい。 抱えている問題は何も解決していなくて、…というより、何をどう解決すればいいのか、糸口すら見つかっていないけど。 1人で空回りして、疲れて果てて、投げやりになっていた。そんなどん底の状態からは、今、少し浮上できている気がする。 暁に会えた、ただそれだけで。 雅紀は、自分の胸の奥に差し込んだ光に、あたたかく包まれていく幸せを、噛みしめていた。     

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