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想い想われふりまわされて3

捜索を依頼されていた「モエちゃん」は、無事に見つかった。ご近所で遊んでるうちに、どうやら物置に入り込んで、閉じ込められてしまったらしい。 依頼人からもらったキャットフードをガツガツ食べて、今はフカフカのベッドでお休み中だ。 「お嬢様がご無事で、良かったですね。のちほど御請求書は郵送させていただきます。それでは、私はこれで失礼します」 暁はにこやかに微笑んで一礼すると、依頼人宅を後にした。 ……ちっ。くそ社長が。俺が嫌がるのわかってて、こんな仕事ばっか押しつけやがって。なーにがお嬢様だ。猫の部屋が、俺の部屋より広いってどういうことだよっ。 車に戻りながら、心の中で悪態をつく。 それでも、日曜はどうしても休みたいと我儘を言ったのは自分だし、仕事の内容によっては、家出人探しなんかで、北海道や沖縄まで飛ばされることもあるのだから、今の自分には文句は言えない。 ……なんせ、部屋ではとびきり可愛い猫が、俺の帰りを待ってるもんなぁ。 車内の灰皿を引き出すと、暁はマッチで煙草に火をつけ、ニヤニヤしながら煙を吐き出した。 雅紀のことを考えると、知らず頬がゆるむ。 ……あいつ今、何してるかな ちらっとスマホを確認すると、ラインも電話も来ていない。まだ身体が本調子ではなかったから、今頃はお昼寝の真っ最中かもしれない。 ……にしても、俺のデカシャツを着た雅紀は、可愛かったな…。前より細くなったせいで、肩のラインも足も頼りなくなっちまって……。まるで超ミニのワンピース着てるみたいでさ。 その姿を思い出すと、ニヤけるだけでなく、鼻の下まで伸びてくる。 ……敏感だよなぁ、あいつ。脇腹とか超弱いだろ。しかも反応がめっちゃエロいし。ピクンピクンしながら、必死で声堪えてるのなんか、もう~ヤバ過ぎだっつーの。 「……。や、おいこら待て」 うっかり息子が反応しかけて、暁は慌てて、頭の中の妄想を振り払った。 今日はまだ、もう一件依頼が残ってる。たいして時間のかかる案件ではないが、それが済んだら一旦事務所に戻って、溜まっている報告書と経費の申請書を出さないと、事務の桜さんの雷が落ちる。 暁は落ちた煙草の灰を払って、吸殻を灰皿に放り込むと、車のエンジンをかけた。 早く帰って、雅紀にしっかり飯食わせて、あいつの話、聞いてやらなきゃな。どんなキツい内容か分からねーけど、独りで抱え込んで一杯一杯になってるんなら、吐き出させちまった方がいいだろ。 ……数年前の俺がそうだったように…。 もじ丸のおやじさんとおばさん、そしておやじさんが紹介してくれた、事務所の社長。この3人に出会えてなかったら、今の自分はなかった。 自分の抱えてるものに押し潰されて、どこにも進めないまま、ずっと暗闇の中をさまよい続けていたかもしれない。 ……雅紀の身体が回復したら、またもじ丸に連れて行くか。んで、おやじさんとおばさんに、大切な人が出来たって、改めて報告しなきゃな。2人ともきっと喜んでくれるだろう。 「よしっ。その為には、まずはお仕事お仕事っ」 暁は自分に気合いを入れて、次の現場へと車を走らせた。 「あ。早瀬くん。君に連絡取りたいって、電話があったわよ~」 事務所に戻ると、桜さんがそう言って、俺の机を指差した。 「ん~誰っすか?」 暁は、オフィス用コーヒーサーバーの前に立ち、アイスコーヒーとブレンドコーヒーの、どちらにするか一瞬悩んで、ブレンドのボタンを押した。本当はビールが飲みたい気分だが、まだお仕事中だ。我慢我慢。 「メモ書いといたけど。んーとね…」 コーヒーの注がれたカップを持って、自分の机に向かう。 「あ、あったこれこれ」 桜さんが派手なネイルの指先でつまんで、ひらひらさせてるメモを受け取って、暁は眉をひそめた。 「桐島……貴弘」 「たしか早瀬くんがご指名担当だった案件の依頼人でしょ?請求書なら言われた通り、郵送しといたけど」 暁は椅子に座り、コーヒーをすすりながら、メモに書かれた名前と電話番号を睨み付ける。 ……あのいけすかないヤローかよ。 「で、桐島氏、なんか言ってました?」 「ええとね、追加の依頼がどうとか言ってたけど、詳しいことは会って話したいって。君と直接、電話連絡取りたがってたけど、携帯の番号公開はNGでしょ?」 「そうっすね。俺、プライベートな時間は、なるべく大切にしたいタチなので」 「ふふ~ん?女の子口説いてる最中に、邪魔されたくないだけでしょ?」 桜さんが、ニヤリとする。 暁も、ニヤリとした。 「ま、そんな感じですかね」 ……追加の依頼ねえ…。なんだろ、急ぎかな?今、電話しちまったら、これから会いたいとか、なっちまうかなぁ。 とりあえず、溜まってる報告書と申請書仕上げたら、電話してみっか。 暁は、メモを電話の脇に追いやると、パソコンを立ち上げた。            

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