54 / 369

十六夜のつき2

スマホの着信音が鳴って、雅紀はびくっと飛び起きた。 ……っ……暁さんだっ 画面で相手を確認して、急いで電話に出る。 「暁さん?」 「お、雅紀、ごめんな、遅くなって。もうすぐ下に着くよ」 「ううん、お疲れさまでした。今、下に行きます」 電話を切って、あたりを見回す。結局あのままスマホを握りしめて、眠っていたらしい。 広げた鞄の中身を慌てて詰め直すと、忘れ物がないか確認してから、部屋を飛び出した。 エレベーターで1階に降り、フロントで精算をして外に出てみると、ちょうど正面玄関前に、暁の車が停まったところだった。 「暁さんっ」 重たい旅行鞄を背負いながら車に走り寄ると、暁が慌てて飛び出してきて、雅紀のバッグをひょいっと取り上げ 「ばーか。ロビーで待ってろよ、荷物運んでやろうと思ってたのにさ」 後部座席に鞄を放り込むと、暁は雅紀の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せ抱き締めた。 「えっわっあっ暁さんっ」 「ん~~やっと雅紀を充電できるぜ~」 ほとんど抱きあげんばかりの勢いで、頬をすりすりしてくる暁に、雅紀は必死でもがきながら 「暁さんっ。ここ外っ。離してったらやめてっ降ろしてっ」 「つれないこと言うなよ~。おまえが足りな過ぎて死にそうだったんだぞ~」 「いっ意味わかんないからっ」 「いって~。まだいてーよっ。おまえさ、狂暴過ぎ。危うく玉潰れるとこだっただろ」 蹴られた股間をさすりながら、文句言い言い運転している暁に、雅紀は隣から冷ややかな視線を投げ掛けた。 「自業自得ですから」 「別にいいじゃん。抱き締めただけだぜ」 「よくないです。まわり人いっぱいいたし」 「誰も気にしてないっつの」 「俺が気にします」 「もー恥ずかしがりやだなー雅紀は」 「暁さんが恥を知らなさ過ぎです」 「ふ~ん、んじゃ俺に会えて嬉しくなかったのかよ」 「…っ……」 言葉に詰まり、少し赤くなった雅紀に、暁はふふんっと笑って 「可愛いなぁ、このツンデレにゃんこ」 「だっ、誰がツンデレっ」 「ツンデレだろ~俺が迎えに来たの嬉しくて、転がりそうな勢いで走ってきたくせに」 「………」 急にむっと黙りこんだ雅紀に、暁はギクッとして口をつぐんだ。 車内がしーん…っと静まり返る。 そっと煙草に火をつけて、暁は運転しながらちらちら雅紀を見た。雅紀は完全にそっぽを向いて、窓の外を見つめている。 「なあ……怒った?」 暁の問いかけに、雅紀の頭が左右に揺れた。 「結局3時間近くかかっちまったよな。悪かったよ、待たせ過ぎだ」 雅紀は再び無言で、首を横に降った。 「なあ……こっち向けよ。顔見して」 「……嬉しかったです…」 「ん?」 「もしかしたら、今日はもう来ないかもって不安だったから」 「そっか」 「すごく……嬉しかった」 おずおずとこちらを見る雅紀の顔が赤い。 「遅くまでお疲れさまでした。迎えに来てくれて、ありがとう、暁さん」 「どういたしまして。さ~てと。晩飯どうすっかな~。この時間だと、さすがに帰って作るのは面倒だな」 「食べて帰ります?ファミレス?牛丼?」 「んー却下。おまえの腹の消化によくなさそう」 「うーん…多分もう大丈夫ですよ。あんまりヘビーなものじゃなければ」 「お。あれいいんじゃねーか?うどん屋」 「あ、俺、結構好きです。あの店」 「んじゃ、決まりな」 暁は、ウィンカーを出して、うどん屋の駐車場に車をすべりこませた。 昼食は、お粥と軽くおかずをつまんだだけだった。かなりお腹が空いていたのか、雅紀は注文した並盛りのうどんを、幸せそうに夢中ですすっている。 ……この調子だと、明日は普通に飯食ってもよさそうだな。 顔色も健康的になったし、げっそりしていた頬も、だいぶマシになってきた。元通りになるにはまだかかりそうだが、このままきちんと食事をとっていけば大丈夫だろう。 (……なあ、おまえと桐島って、どんな関係なの?) さっきから暁は、その質問を何度か口にしかけては、飲み込んでいた。 桐島が何故、自分にあんなことを聞いたのか、ずっとひっかかっている。もう寝たのかとか、抱いたのかなんて、ちょっと普通の質問ではない。 ……あれじゃあ、まるで…… 桐島自身、当然のように、男の雅紀を抱く対象として見ているようだった。 しかも、自分の恋人に手を出したのかと、問い詰めているようにも聞こえた。 目の前の無邪気な雅紀を見ていると、桐島とそんな関係だとは到底思えない。 けれど。そう考えると、いろいろ納得出来る。 桐島の雅紀への接し方も、雅紀の桐島への態度も。 自分をいやに敵視するような桐島の言動も。 冷静に考えている頭とは別に、胸に込み上げてくる、このもやもやとした感情は、おそらく嫉妬だ。 ……部屋に帰ったら……ちょっと確かめてみるか…

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!