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十六夜のつき2
スマホの着信音が鳴って、雅紀はびくっと飛び起きた。
……っ……暁さんだっ
画面で相手を確認して、急いで電話に出る。
「暁さん?」
「お、雅紀、ごめんな、遅くなって。もうすぐ下に着くよ」
「ううん、お疲れさまでした。今、下に行きます」
電話を切って、あたりを見回す。結局あのままスマホを握りしめて、眠っていたらしい。
広げた鞄の中身を慌てて詰め直すと、忘れ物がないか確認してから、部屋を飛び出した。
エレベーターで1階に降り、フロントで精算をして外に出てみると、ちょうど正面玄関前に、暁の車が停まったところだった。
「暁さんっ」
重たい旅行鞄を背負いながら車に走り寄ると、暁が慌てて飛び出してきて、雅紀のバッグをひょいっと取り上げ
「ばーか。ロビーで待ってろよ、荷物運んでやろうと思ってたのにさ」
後部座席に鞄を放り込むと、暁は雅紀の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せ抱き締めた。
「えっわっあっ暁さんっ」
「ん~~やっと雅紀を充電できるぜ~」
ほとんど抱きあげんばかりの勢いで、頬をすりすりしてくる暁に、雅紀は必死でもがきながら
「暁さんっ。ここ外っ。離してったらやめてっ降ろしてっ」
「つれないこと言うなよ~。おまえが足りな過ぎて死にそうだったんだぞ~」
「いっ意味わかんないからっ」
「いって~。まだいてーよっ。おまえさ、狂暴過ぎ。危うく玉潰れるとこだっただろ」
蹴られた股間をさすりながら、文句言い言い運転している暁に、雅紀は隣から冷ややかな視線を投げ掛けた。
「自業自得ですから」
「別にいいじゃん。抱き締めただけだぜ」
「よくないです。まわり人いっぱいいたし」
「誰も気にしてないっつの」
「俺が気にします」
「もー恥ずかしがりやだなー雅紀は」
「暁さんが恥を知らなさ過ぎです」
「ふ~ん、んじゃ俺に会えて嬉しくなかったのかよ」
「…っ……」
言葉に詰まり、少し赤くなった雅紀に、暁はふふんっと笑って
「可愛いなぁ、このツンデレにゃんこ」
「だっ、誰がツンデレっ」
「ツンデレだろ~俺が迎えに来たの嬉しくて、転がりそうな勢いで走ってきたくせに」
「………」
急にむっと黙りこんだ雅紀に、暁はギクッとして口をつぐんだ。
車内がしーん…っと静まり返る。
そっと煙草に火をつけて、暁は運転しながらちらちら雅紀を見た。雅紀は完全にそっぽを向いて、窓の外を見つめている。
「なあ……怒った?」
暁の問いかけに、雅紀の頭が左右に揺れた。
「結局3時間近くかかっちまったよな。悪かったよ、待たせ過ぎだ」
雅紀は再び無言で、首を横に降った。
「なあ……こっち向けよ。顔見して」
「……嬉しかったです…」
「ん?」
「もしかしたら、今日はもう来ないかもって不安だったから」
「そっか」
「すごく……嬉しかった」
おずおずとこちらを見る雅紀の顔が赤い。
「遅くまでお疲れさまでした。迎えに来てくれて、ありがとう、暁さん」
「どういたしまして。さ~てと。晩飯どうすっかな~。この時間だと、さすがに帰って作るのは面倒だな」
「食べて帰ります?ファミレス?牛丼?」
「んー却下。おまえの腹の消化によくなさそう」
「うーん…多分もう大丈夫ですよ。あんまりヘビーなものじゃなければ」
「お。あれいいんじゃねーか?うどん屋」
「あ、俺、結構好きです。あの店」
「んじゃ、決まりな」
暁は、ウィンカーを出して、うどん屋の駐車場に車をすべりこませた。
昼食は、お粥と軽くおかずをつまんだだけだった。かなりお腹が空いていたのか、雅紀は注文した並盛りのうどんを、幸せそうに夢中ですすっている。
……この調子だと、明日は普通に飯食ってもよさそうだな。
顔色も健康的になったし、げっそりしていた頬も、だいぶマシになってきた。元通りになるにはまだかかりそうだが、このままきちんと食事をとっていけば大丈夫だろう。
(……なあ、おまえと桐島って、どんな関係なの?)
さっきから暁は、その質問を何度か口にしかけては、飲み込んでいた。
桐島が何故、自分にあんなことを聞いたのか、ずっとひっかかっている。もう寝たのかとか、抱いたのかなんて、ちょっと普通の質問ではない。
……あれじゃあ、まるで……
桐島自身、当然のように、男の雅紀を抱く対象として見ているようだった。
しかも、自分の恋人に手を出したのかと、問い詰めているようにも聞こえた。
目の前の無邪気な雅紀を見ていると、桐島とそんな関係だとは到底思えない。
けれど。そう考えると、いろいろ納得出来る。
桐島の雅紀への接し方も、雅紀の桐島への態度も。
自分をいやに敵視するような桐島の言動も。
冷静に考えている頭とは別に、胸に込み上げてくる、このもやもやとした感情は、おそらく嫉妬だ。
……部屋に帰ったら……ちょっと確かめてみるか…
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