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十六夜のつき5
「そのままじっとしてろよ。タオル持ってくるからな」
唇にちゅっとキスを落とすと、暁はティッシュで自分のものを拭いて、スウェットを引き上げてから、立ち上がった。
部屋の外に出ていく彼を、雅紀はぼんやりと見送った。
強い快感と甘い熱の放出の後の、倦怠感がひどい。全身が鉛になったようで、指1本動かすのも億劫だった。
水音やドアの開閉音がした後で、暁が戻ってきた。
雅紀の横にしゃがみ込むと、温水で濡らしたタオルを、自分の手で適温かどうか確認してから、そっと股間を拭ってくれる。
「ん…っ」
まだ敏感な場所に触れられ、雅紀がビクっと震えると、
「ちょっと我慢な。汚れたまんまだと気持ち悪いだろ」
言いながら、その周辺に飛び散ったものも、優しく拭いてくれる。
雅紀は落ちそうな目蓋を、必死であげながら、問いかけた。
「ね、暁……さん……」
「んー?どうした?……よし、こんなもんだろ」
拭き終えると、引きおろされて足元に丸まっていた下着とハーフパンツをひきあげ、まくれあがったTシャツも直してくれた。
「あのね……暁さ……ん」
「ん?あ~眠いんだろ。体力落ちてんのに、無理させちゃったもんな。ごめんな」
「ううん……。ちが……う。あのね……あき…らさ…んは」
ぽやんとした顔で、だんだん呂律がまわらなくなっていく雅紀に、暁はタオルケットを掛け、優しく頭を撫でながら笑って、
「もう半分寝てんだろ~、おまえ。いいよ、我慢しないで寝な。俺も横で眠るから」
頭を撫でる暁の優しい手がとどめになって、雅紀はまだもごもご言いながら、眠りにひきこまれていった。
……暁さんはノンケでしょ?
どうして俺に、あんなことするの?
俺のこと……どう思ってるの?
深い眠りに落ちていきながら、雅紀は暁に、頭の中で懸命に問いかけていた。
雅紀が完全に眠ってしまっても、しばらく頭を撫でるのを止めなかった。柔らかくてちょっとくせっ毛の髪を、何度も何度も繰り返し撫でる。
寝顔はひどくあどけない。さっきまでの、ぞくぞくするようなエロさが、嘘みたいだ。
……結局……聞けなかったな……
雅紀の話を聞くこともそうだが、桐島とのことも、何も分からないままだ。
知りたいと思う。でも知るのが怖い気持ちもある。
雅紀を問い質して、もし、桐島と身体の関係があると言われてしまったら…
平静でいられる自信がない。
……なんで……いつのまに…こ…いつのこと、こんなに好きになっちまったのかな……
自分の中の空虚さを知られるのが怖くて、他人と深く関わることを避けてきた。なぜ雅紀だけが例外なのか、自分でも分からない。
雅紀の髪を撫でていた手を止め、立ち上がってテーブルの側に座り直すと、煙草をくわえてマッチを擦る。
気にかかっているのは、雅紀と桐島の関係だけではなかった。
桐島から依頼された人探しの件―。
暁は煙草を灰皿に置き、テーブルの脇にあるビジネスバッグを引き寄せ、ファイルを取り出した。
調査依頼書を抜き出し、テーブルの上に広げる。
……桐島秋音……都倉…秋音……か。
桐島から聞かされた、複雑な事情。母親の違う弟というから、なんとなく予想はしていたが、秋音は桐島の父親が若い愛人に産ませた子供だった。父親や桐島と一緒に暮らしたことはなく、桐島自身が最後に彼と会ったのは、まだ秋音が5歳の時だったらしい。母親が自分の故郷に連れていって育てていたようで、父親からは、彼が成人するまで、養育費が毎月送られていた。
なさぬ仲の、会っても顔も分からないであろう弟を、何故、今頃になって探しているのか。
はっきりした理由を、桐島は言わなかった。
数年前に1度、調査会社を使って探した時には、母親の方は秋音が18歳の時に、不慮の事故で亡くなっていたことが判明していた。
秋音の方は、地元の大学を出た後、中堅どころの会社に就職していたが、調査会社が調べた時には、既に退職していて、その後の行方は分かっていない。
桐島とのやり取りの後、社長に電話をして、依頼の内容を話した。
社長は、名前以外には顔も分からない人間の、しかも自分の意思で失踪したらしい成人男性の行方を、何の手掛かりもなしで探し出すのは難しいだろうと、依頼を受けることに難色を示していた。
だが、社長は、桐島の父親に、若い頃かなりの恩義があるらしい。その息子である桐島からの依頼となれば、何もせずに断ることは出来ないだろう。
……しかもあの狸野郎、俺を指名してきやがった。
桐島は、詳細を説明しながらも、肝心な部分をわざと避けて話している気がした。持ち札をきちんと示してくれない相手と、腹の探りあいをしながら仕事をするのは、正直気が重い。
……なーんか、引っ掛かるんだよな。あの桐島って男。
いろんな意味で、やっぱいけすかないヤローだぜ。
暁は吸いかけの煙草をくわえ、依頼書に書いた探し人の名前を見つめながら、煙を吐き出した。
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