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第19章 愛しさのかけら1

いつまでも漂っていたいような、心地よい微睡みから、ゆっくりと覚醒していく。 暁は、寝ぼけながら手を伸ばし、抱き枕にしていたはずの雅紀を、引き寄せようとして…… ガバッと跳ね起きた。 ……あれ?雅紀? 部屋の中を見回してみる。もう一組の布団は使われた形跡もなく、雅紀は部屋のどこにもいない。 ……まさかあいつ、怒って帰っちまったのか!? 半分寝惚けた頭で慌てて立ち上がり、部屋の隅に旅行鞄があるのを見てホッとしたら、襖が開いた。 「あっ暁さん、起きてたんだ」 「おまっ、隣にいないから焦っただろ……っつーか……何やってんの?」 雅紀は、微妙に暁から目を逸らしながら、 「あの……朝飯、今日は俺、作ろうかな~って」 「まじ?おまえ作れんの?」 雅紀は途端に膨れっ面になって 「暁さん、それ失礼だから。俺だって1人暮らしで自炊してるって…」 「いや、でもさ、失敗ばっかりって、自分で言ってたじゃん」 「大丈夫っ。今日は上手く出来る気がする。あ、冷蔵庫の食材とか、使ってもいい?」 「おう。何でも好きなもん使えよ。でもなぁ…ほんと1人で大丈夫か~?」 「任せてっ。暁さんはのんびりしてていいから」 自信満々にそう言って、また襖の向こうに消えた雅紀に、一抹の不安がよぎる。 今日は、雅紀の体調が良ければ、近場の自然公園に、手作り弁当持参で出掛けるつもりで、昨日、仕事の合間に食材を買い足してはいた。 ……多少食材ダメにしたとしても、まあ大丈夫だろ… 暁は、かなり失礼なことを考えながら、目覚めの一服をしようと、テーブルの脇に座った。煙草をくわえマッチを擦り、ふと、思い出す。 ……そういやあいつ、マッチ使いたそうにしてたよな……。 興味津々にマッチを見ながら、諦めて残念そうにライターを使っていた時の、雅紀の顔が浮かんで、思わず頬がゆるむ。 夜中に1度、嫌な夢を見て目が覚めた。隣に雅紀がいるのを確かめて、その寝顔になんだかホッとして、また眠りについた。 ……和むんだよなぁ……あいつ見てると。 夕べのことは、怒ってないみたいだし。 微妙に目、合わせないのは、照れてんだろ… 独りでニヤニヤしながら、煙草を吸っていると、 「あっつぅっ!!」 !!雅紀だっ。暁は慌てて煙草をねじ消し、立ち上がってキッチンに飛んでいく。 「おいっどーした!火傷か!?」 「だ大丈夫っっ。ちょっと熱かっただけっ」 見ると、湯がいたほうれん草を水にさらそうとして、ザルを持つ手に熱湯ごとぶちまけたらしい…。 「おいっ」 「ほんと平気っ。暁さんはあっち行っててっ」 焦って赤くなった手を隠しながら、暁を追いたてようとしている雅紀に、暁は怒って 「ばかっ、ちゃんと冷やせよっ。手、出してみ」 雅紀の左手をつかんで、蛇口の下に持っていき、流水で冷やしてやる。 雅紀はしょんぼりと肩を落とし、俯いて大人しくしていた。 「おまえなぁ、無理すんなって。朝飯くらい、俺が作ってやるからさ」 充分に冷やしてから、タオルで水気を取って、救急箱から出してきた軟膏を塗ってやると、雅紀はおずおずと顔をあげ 「ごめんなさい……。でも俺、暁さんにいつも、いろいろしてもらってばっかりだから…」 暁は、情けない顔をした雅紀の頭を、わしわし撫でて 「ん。その気持ちは貰っとく。だったらさ、一緒に作ろうぜ。お兄ちゃんが料理のコツ、教えてやるよ」 途端にパッと表情を明るくした雅紀に、暁はホッとしつつ、内心苦笑した。 ……いや、こいつの場合、和むっつーより……放っておけないってヤツだな…。 茹で過ぎてふにゃふにゃのほうれん草のゴマ和え。 厚みがバラバラの大根とニンジンと豆腐の味噌汁。 鮭の塩焼き。(これは、暁が焼き加減をみたので無事だった。) 少し焦げている厚焼き卵。 ふっくら炊けた白いご飯。(これは、水加減さえ間違えなければ、炊飯器がちゃんと炊いてくれる。) テーブルに並んだ品を見つめている、雅紀の微妙な表情に、暁は笑いを噛み殺しながら 「お疲れさん。なかなか美味そうに出来てるぜ~」 雅紀は、チロっと暁を見て、更に顔をしかめ、 「嫌味ですよね?それ」 「なんでだよ。素直に受け取れって」 「だって暁さん、笑いこらえてるから」 「んなことないぜ~。ほんと、こんだけ出来れば、いい嫁さんになれるって」 「……」 ……おっと、やべっ。怒ったか?拗ねたか? 暁が様子をうかがっていると、雅紀は何故か顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向き、 「冷めちゃうから食べましょうか」 両手を合わせてから、箸をとり、ほうれん草をつまみ上げた。口に入れた途端に顔をしかめる。暁は苦笑して 「今日はコツ教える前に、ほとんど作っちまってたからな。次作る時は、手取り足取り教えてやるよ」 「はい……。お願いします…」

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