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番外編『愛すべき贈り物』36

暁としては、そんなに無理をすることはないと思うのだ。 昨年から立て続けに起きた事件の傷は、雅紀の中でまだ癒えていない。一緒にベッドで寝ていても、時折、嫌な夢を見て飛び起きる姿を何度も見ている。 雅紀に対して過保護過ぎると自覚のある暁と秋音だったが、今はまだ、雅紀の心を、しっかり甘やかしてやってもいい時だと思っている。 ……まあ、でもこいつ、頑張り屋の生真面目くんだからなぁ。 これでもだいぶ、甘えられるようになったのだ。気持ちが不安定な時は、意地を張らずにこうして懐いてきてくれる。1人で抱え込んで、いっぱいいっぱいになっていた頃に比べたら、随分とマシになった。 「おーし。んじゃ、取っておきの冷たいデザートでも食うか」 その言葉に、雅紀は目を輝かせた。 「わ。暁さんの手作りスイーツだ。すっごい楽しみ♪」 「カスタードプリンと杏仁豆腐な。おまえ、どっち食いたい?」 雅紀はものすごい真剣な顔で、うーんと悩んでから、ぱっと顔をあげた。 「どっちも。俺、両方食べたいですっ」 ……可愛い顔して寝ちゃってるよ。 暁は、隣のベッドで、すぴすぴと気持ち良さげに寝息をたてている雅紀を見つめた。 あの後、雅紀は、暁の手作りスイーツを2種類とも幸せそうに堪能して、明日早いからもう寝ましょうと、さっさと寝室に向かった。暁としては、風呂場での失態のリベンジをしたかったのだが、この生真面目くんは「明日も仕事で朝早いからダメです」と取り付く島もなかったのだ。 このところ、微妙に性的な行為を避けられている気がして、なんとなく落ち着かない。もちろん、露骨に避けられたり拒絶されたりはしてないし、キスも抱き合うのも、さっきの風呂場での行為にしても、暁から仕掛ければ、雅紀は恥じらいながらも可愛く応えてくれる。 ……ただなぁ……。なんとなーく、ちょっと違うんだよなぁ……。 通常の仕事以外に、祥悟から依頼された里沙のストーカー対策を引き受けた辺りから、雅紀の態度が変わったような気がしてならない。 明日の関西への出張も、別件を絡めてはいるが、実は祥悟からの依頼の案件だ。 里沙は、モデル業からはほぼ身を引いたが、本業とは別に祥悟のスタイリスト兼マネージメントをやっている。明日は祥悟のモデル関係の撮影と取材の仕事に、里沙が付き添うことになっていた。 里沙に付きまとっているストーカーは、今のところ表立っては何も仕掛けて来ない。ただ、SNSに執拗に書き込みをしたり、祥悟と里沙の所属事務所に、手紙や贈り物を頻繁に送りつけてくる程度だ。だが、被害届を出すような事態になっていない分、次に何を仕掛けてくるか分からない不気味さがある。警察を頼れない今は、不測の事態に備えて自己防衛する他はない。 ……これは長期戦になるかもな。とにかく今は、そいつの動向を探りながら、里沙たちにへばりついてるしかねえし。 祥悟からの個人的な依頼だけでなく、里沙と祥悟の養父で所属事務所の社長からも、田澤の事務所に正式な依頼を受けている。里沙との過去の関係がアレなだけに、暁としては自分が担当するのは複雑な心境なのだが、なにしろこの案件に積極的なのは雅紀の方なのだ。 ……ま。しゃあねえ。俺が里沙と関わるの、雅紀が嫌がってないのが、救いっちゃあ救いだよな。こいつが傷つくのだけは勘弁だ。もう絶対に泣かせたくねえ。 とにかく、心配なのは明日の夜ひと晩だけだ。あまり神経質になり過ぎても、雅紀をかえって不安にさせてしまうだろう。 暁は雅紀の寝顔をもう1度見つめてから、目を閉じた。

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