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言いたいこと。言えないこと。2

暁は、震え続ける雅紀を抱きしめて、落ち着かせる為に背中をさすった。 ……そういう事情なら、下手な慰めなんか、言っても無意味だな。雅紀が大学の頃っつったら、もう6~7年前だろ。そんなむごい記憶抱えたまんま、ずっと苦しんできたんだろ、こいつは。 出会ってから、ずっと不思議だった。 自分が知る限りでは、雅紀は、明るくて素直で優しくて、気がきくし、人付き合いなんか、こなれてそうな性格に思えた。なのに、自分とちょっと飲んだり出掛けたりしたくらいで、こんなに楽しかったのは初めてだと言い、ひどく幸せそうにしていた。そして時折のぞかせる、不安定さと陰のある表情……。 抱えているその記憶の闇が原因なら、合点がいく。 ……つーか、6~7年前……? 暁ははっとして、雅紀の顔を見た。 出会った時、泣きそうな顔で自分を見ていた。そうだ。こいつと出会ったキッカケはたしか… 「な、雅紀。その先輩って、まさか俺にそっくりだって言ってたヤツのことか!?」 思わず声を荒げてそう言ってしまってから、暁は内心舌打ちした。 雅紀が怯えたような顔で暁を見上げ、首を必死でふっている。 「っちが……ぅ違うから……あの人じゃないっ。あの人はそんなことっしな…」 暁は自分を蹴飛ばしてやりたい気分で、雅紀を抱きしめる腕の力を強めた。 「悪かった。大声出して。そうだよな。そんなわけないよな。俺にそっくりなヤツが原因なら、俺とこんな風にいられるわけないよな。ごめん……ほんっとにすまねえ」 ……バカじゃねーの、俺。つい頭に血がのぼっちまった。雅紀怯えさせてどーすんだよっ。 震える雅紀の背中や頭を、黙って何度も何度も撫でてやる。 ようやく少し落ち着いたのか、雅紀は暁の胸から、のろのろと顔をあげ 「ごめんなさい……もう……大丈夫」 無理に微笑んでみせる雅紀が痛々しい。暁は内心の思いを飲み込んで、にっこり笑って、雅紀の頭をくしゃくしゃした。 「暁さんに似てる人……ってね、すごく優しかった。暁さんみたいに。あの人と嫌な思い出とか、全然ないから。だから……安心して」 雅紀にそう言われて、暁は複雑な心境だった。自分に似ている男が、雅紀に酷い心の傷を負わせたわけじゃなかったのは、本当に良かったと思う。ただ、雅紀があの人と呼ぶ、その口調や表情が、とても柔らかくて優しくて、なんだか胸の奥がモヤモヤする。 (……そいつとおまえ、どういう関係だった?) 言いたくても言えない質問が、またひとつ増えてしまった。過去は気にしないなんて、格好いいことを言っておいて、これだ。 ……俺……こんな嫉妬深かったんだ?こんなに独占欲、強かったのかよ。こいつといると、知らない自分が次々出てくるな……。なんか…自分で自分にびっくりだ。 暁はふぅっと息を吐き出すと、 「汗かいちまったしさ、このまんまじゃ身体冷やすな。風呂の湯、ためてくるから、ちょっと待ってな」 そう言って雅紀の頭にキスを落とすと、立ち上がって風呂場に向かった。 「おーい、まさき~。1人で大丈夫かぁ?俺一緒に入って洗ってやろ…」 「いいですー大丈夫っ。1人で風呂入れないとか、俺どんだけ子供ですかっ」 雅紀が先に風呂に入っていると、ドアを開けて暁が顔をのぞかせた。雅紀は慌ててバスタブに身を沈め、 「いいからそこ閉めてっ。あっち行っててくださいっ」 「なんだよ~冷てえなぁ。ちんちん擦りあった仲じゃんか」 「もぉお~。暁さんっサイテーだっ。声でかいっ。ここ風呂場ですよ?外に丸聞こえっ」 「んー?聞こえたっていいぜ~。俺、気にしねーし」 「俺が気になるのっ。ほんっと、デリカシーなさすぎっ」 「おまえなぁ……デレ時間、短かすぎだろ。さっきはあんなに……」 身体を洗うスポンジが、ひゅんっと飛んできて、暁の顔を掠めて、ドアにあたる。 「おわっ……と、あっぶね~。何飛ばしてんだよ。……ん?」 暁は床に落ちたスポンジを見て、嬉しそうに笑うと 「お。やっぱ俺に洗って欲しいんだ?も~素直に言えよ~このツンデレにゃんこ」 「違うからっ」 暁は雅紀の声を聞き流し、スポンジを拾うと、ドアを閉めて中に入り、バスタブに近寄ってくる。 「狭いからっ。一緒とか無理っ」 「いいから、ちょっと詰めろよ。なんとかなるって」 「なんとかしなくていいですっ。お湯溢れちゃうしっ。ね、暁さんっ聞いてる!?」 暁はまったく無視して、足を突っ込んでくると、慌てて出ようとする雅紀の腕をガシッと掴み、 「逃げんなよ。ほら、そっち向いて俺の上に座れって」 言いながら、さっさと足を伸ばして座りながら、雅紀を後ろ向きに抱きこんだ。 「お。ギリギリセーフ」 暁の言う通り、腰湯だったバスタブのお湯は、2人が座ると、ギリギリの所で溢れずに済んだ。 「このアパート出たらさ、もっと風呂、広いとこに引っ越すからな~」 「………」

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