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言いたいこと。言えないこと。3

雅紀は、暁が懲りもせずに出してきた、彼の大きめのシャツをきっぱり拒絶し、旅行鞄から取り出した自分の服をきっちり着込んで、ソファーにくったりと座り込んでいた。 ケチだ、ツンだと、ぐちぐち文句を言いながら、暁はローテーブルの脇に胡座をかいて、煙草を吸っている。 時計を見ると、もう午前11時を過ぎていた。朝食後のいちゃいちゃに、2時間も費やしていたことになる。 身体のあちこちに、気だるさと共に、甘い痺れが残っている。 あの後、風呂場でも、ちょっかいをかけてくる暁をかわしきれずに、全身を綺麗に洗われたついでに、身体中に甘い刻印をつけられた。 ……暁さん、ダメだって言ってんのに、全く聞いてくれないし……。 おまえだけだと言ってくれた、暁の言葉がすごく嬉しかった。だからこそ……後ろめたさも感じている。 結局、自分がゲイだということも、昔の先輩が元恋人だったことも、桐島とセフレの関係だったことも、打ち明ける勇気が出なかった。 それに、暁は、自分を責めるなと言ってくれたが、昔の先輩にも桐島にも、自分が中途半端な気持ちで付き合ったことで、誤解させてしまったのかもしれないという、自責の念をぬぐえない。 そして、このところすっかり忘れていた、あの人――秋音さんのこと……。 あれは、多分、初恋だった。 高校2年の秋、先輩に誘われて大学祭に行き、紹介されて知り合った。 3つも年上の彼は、当時高校生だった雅紀からしたら、未知の雰囲気をまとった大人の男性だった。背も高く、男らしく整った顔立ちに、切れ長の目、落ち着いた物腰に、耳に心地よい低音の声。 自分にはないものを全て兼ね備えた、憧れの体現のような存在で、ほとんど一目で恋に堕ちた。でも、彼には高校の時から付き合っている大切な彼女がいて……。 最初から、絶対叶わない恋だった。分かっていたけれど、ただひっそりと、彼を想うだけでよかった。後輩として、同じ時間を共有出来るだけで幸せで、告白するとか、ましてや恋人になりたいなんて、思っていない…つもりだった。彼の口から「結婚する」と聞かされるまでは。 祝福してくれるだろうと思っていた後輩に、ぼろぼろ泣かれて、秋音は呆然としていた。その時のことを思い出すと、今でも居たたまれない気持ちになる。 その後、秋音から何度か、会って話したいと連絡をもらったが、そんな勇気はなかった。結局、その後結婚した秋音からの連絡は途絶え、それっきりになった。 幼かった自分。幼かった恋。その後、長く引き摺った胸の痛みと後悔。 でも今は、全て過去のことだと思える。 いや、ようやく過去のことだと懐かしく思えるようになった。 暁に出逢えたお陰で。 物思いに耽っていた雅紀は、ふと視線を感じて、我に返った。 暁が自分を見つめている。 口を尖らせ、不貞腐れた顔をして。 「おまえ、今さ、他のヤツのこと、考えてただろー」 大人げない表情で、拗ねたようにそんなことを言う。 雅紀は、そんな暁がなんだか可愛くて愛しくて、思わず頬がゆるんだ。 「うわっなんだよ、そのアルカイックスマイルっ。意味深だろ。うっわ~めっちゃムカつく~。何その余裕な感じ」 「暁さん」 「……なんだよ」 まだ不貞腐れ顔の暁に、雅紀はにっこり微笑んで 「今考えてたのは……暁さんのこと」 「……ふ~ん?」 「暁さんのこと、俺、すごーく好きだなぁ~って、しみじみ考えてました」 暁はまじまじと雅紀を見つめ、ちょっと嬉しそうな顔になり、慌てて表情を引き締め 「そんなこと言って誤魔化そうったって……」 「だから……。今はまだ、ちょっと勇気がなくて、話せてないこともあるけど」 暁が真剣な表情になる。 「もう少し……待ってください」 「雅紀……」 「ちゃんと、気持ちが整理出来たら……俺、話すから……。暁さんには、きちんと聞いて欲しいから、俺の話。だから……」 暁は、立ち上がり、ゆっくり雅紀に歩み寄ると、雅紀の頭をぽんぽんと撫でて 「わかった。待つよ。焦んなくていいからな。俺はおまえが話したくなるまで、ちゃんと待ってるからさ」 暁の優しい笑みに、雅紀も笑顔で答えた。 「……ありがとう……暁さん」 午後は、暁に作り方を教わりながら、簡単なおかずとおにぎりを作ってタッパーに詰め、近場の池のある公園に、カメラ散歩に出掛けることにした。 暁はしきりに、雅紀の体の調子を気にしている。 ……や……このまま暁さんの部屋で過ごす方が、俺、体力持たないから……。 スキンシップ過剰で、やたらとちょっかいをかけてくる暁も悪いが、雅紀自身、それを嫌だとはまったく思っていない。 それどころか、キスされれば応じたくなる。触れられれば反応してしまう。そうして感じてしまえば、その気になるし、もっと欲しいと思ってしまう。 暁相手だと、普段秘めているスイッチが、簡単にオンになってしまう。それが嬉しいけど、ちょっと怖かった。

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