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言いたいこと。言えないこと。5
「戻っても大丈夫なのかよ」
暁の言葉に、雅紀は口元を微かに震わせ
「わかんないです。でも……逃げ続けても何も変わらないし…」
「そいつ、アパートまで押し掛けてきてんだろ?なんも対策しないで戻ったら、危ないんじゃねーの?」
雅紀は唇を噛み締めた。煙草を持つ手が震えている。
「俺が一緒に行ってやるよ」
雅紀は弾かれたように顔をあげた。
「それはダメっ。暁さんに何かされたら、それこそ俺っ…」
「んじゃ、おまえに何かされたらどうすんだよ。そんな状態で、1人で帰せるわけないだろっ」
「でも……っ」
暁は雅紀の頭をぽんぽんと撫でた。
「逃げ続けても変わらないのはたしかだよ。でもさ、無策じゃ帰せない。とりあえず、もう少し俺のアパートにいろよ。どうしたらいいか、俺も考えてやるから」
「だめです、暁さんに……そんなに……迷惑かけられない…」
不安に揺れる雅紀の目を、暁はじっと見つめて
「じゃあ俺にさ、おまえに何か起きるかもって、不安な毎日過ごせって~の?その方が辛いな。俺、安眠できねえし」
「…っ……」
暁はにっこり微笑んだ。
「そばにいろよ。おまえの為だけじゃない。俺の安眠の為にだ。迷惑だなんて言うな。もっと俺を頼ってくれよ。……な?」
「……暁さん……俺…」
雅紀は苦しそうに顔を歪め項垂れた。
「……嫌か?俺じゃ頼りになんない?」
慌てて首をふる雅紀の肩を抱くと、雅紀は震えるような吐息をもらし
「暁さん……優し過ぎるよ……。そんな風に言われたら……俺どんどん甘えちゃいますよ…」
「おー甘えろ、甘えろ。おまえはもっとデレた方が可愛いんだからな。よしっ。んじゃ決まりな」
「……。じゃあお言葉に甘えて……もうしばらくお世話になります」
深々と頭をさげた雅紀の頭を、暁は嬉しそうにぐしゃぐしゃ撫でた。
……ちょっと強引過ぎたかもな……。
さっきより、明らかに元気がなくなり、物思いに沈んでいる雅紀の様子に、暁は内心ため息をついた。
ストーカーされているという雅紀を、アパートに戻すのが心配なのは本当だ。でも本音は…
……俺がこいつを、離したくないだけなのかもな……。
自分にはまだ言えないことがあると言った雅紀。
自分もまた、彼には聞きたくても聞けないことがある。
……俺だって……雅紀に一番肝心なこと、言ってないしな…。
濃密な時間を過ごしていても、2人の間には距離がある。雅紀をこのまま帰してしまったら、また細い繋がりが断ち切れそうで怖いのだ。
……ま、どっちにしろ、雅紀をストーカーしてるってヤツが、どこの誰でどんなヤツなのか、雅紀から聞き出さないことには、対策の立てようねえし。しばらくは側において様子見だな。
暁は手に持っていたカメラを、バッグに仕舞うと
「なぁ、雅紀~。ボート乗ったことあるか?」
少し離れた所で、桜の花をぼんやり見上げている雅紀に呼び掛けた。
ボートに乗り、しばらく公園を散策した後、暁は雅紀を連れて駅前に戻った。
カフェの前を通りがかると、暁の足がぴたっと止まる。
「ちょっと寄っていくか。俺、ここのスコーン好きなんだよ。真似して作ってみるんだけどさ、どうしてもあの味出せねーんだよなぁ」
「えっ……。スコーン?」
絶句して固まってしまった雅紀に、暁は怪訝な顔で
「何、その顔。俺そんな変なこと言ったか?」
「暁さん……お菓子も作るんですか?」
「ん~どっちかと言うと、料理は必要に迫られてでさ、お菓子作る方が俺は好きかな」
「うわぁ…」
「なんだよ、その反応……。似合わねえとか思ってんだろ」
「ちがうちがうっ。ちょっ暁さんっ。痛いって。やめてっ。ほら、店入りますよ」
雅紀は慌てて先に店に飛び込んだ。後から入ってきた暁が指差した、レジ横のケースのスイーツをのぞき込んでいると
「暁?」
ふいに店の中から女性の声がして、雅紀はハッとして声のした方を見た。窓際のスツールに座っていた女性が、立ち上がってこちらに歩いてくる。
「目立つのが入ってきたと思ったら、やっぱり暁じゃない」
雅紀が後ろを振り返ると、暁は顔をしかめていた。
「里沙。おまえかよ」
「あら、失礼ね~。久しぶりに会ったのにその態度?」
里沙と呼ばれた女性は、苦笑いしてから、雅紀の方をまじまじ見つめ
「女連れかと思ったら……男の子……?よね?」
暁はますます不機嫌な顔になり
「里沙……失礼なのはおまえの方だろ。どっからどう見ても、こいつは男」
「そうよね~。ごめんなさい」
にっこり笑って謝られて、雅紀はどぎまぎしていた。
モデルかタレントかと思うほどのスレンダーな美人だった。背は雅紀とほとんど変わらない。派手な顔立ちだが、化粧はあっさりしていて、着ているものもシンプルで上品な印象だった。
「暁が連れてるから、女性かと思っただけよ。それにしても、あなた、すごい美人さんね」
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