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第21章 とまどいのかけら1

……や、美人なのは貴女の方ですけど……。 雅紀は思わず、心の中で呟いていた。 暁、里沙と、お互い名前を呼び捨てする2人は、どちらもかなり人目を引く美男美女だ。並んで立てばお似合いのカップルだろう。 ……どういう……関係なのかな……。 苦虫を潰したような顔をしている暁を、そっと横目で伺いながら、雅紀はじわじわとショックを受けていた。 親しい仲なのは間違いない。単なる知り合いという感じではないことは、疎い自分でも、何となく2人の間に流れる雰囲気で分かる。 戸惑っている雅紀に気づいて、里沙が暁をちらっと見た。暁はそれに微かに頷いて、 「雅紀、こいつは昔の仕事関係の知り合いな。名前は橘里沙。職業はモデル……はもう辞めたんだっけ?」 暁の言葉に、里沙はちょっと嫌そうな顔をして 「辞めたんじゃないわよ。年のせいで需要がなくなっただけ」 「そりゃ失礼。んで、こちらは篠宮雅紀。俺の大切な可愛い恋人な」 さらっと言ってのけた暁に、雅紀は愕然として 「なっ……ちょっと、何言って、」 「あら。やっぱりそうなんだ。はじめまして、雅紀くん。よろしくね」 これまたあっさりと流した里沙に、雅紀は言葉をなくして2人を見比べた。暁は苦笑して 「とりあえずさ、俺ら注文するから、まだ話したいんならテラス席な」 里沙は首をすくめ、 「デートのお邪魔するほど無神経じゃないわよー。じゃあね」 手をひらひらさせて、自分の席に戻ろうとする里沙に、雅紀は慌てて 「あっあのっすみません。挨拶もしなくて。はじめまして。俺、篠宮雅紀です」 ぺこりと頭をさげた雅紀に、里沙はちょっと驚いた顔をして、すぐににっこり微笑んで 「初めまして。ね、暁、ほんと可愛いわね、彼氏。泣かせちゃダメよ。じゃあ、ごゆっくり」 もう一度、手をひらひらふって、里沙は席に戻っていった。 暁は、呆然と見送っている雅紀の頭を、無理やり自分の方に向けて 「ほら、余所見してないでメニュー見ろって」 「暁さんっ何であんなことっ」 「別にほんとのことだろ?」 「だって…っ」 「後ろが詰まるからさ、頼むもん決めろって。話は後な。俺はブレンドとチョコのスコーン。おまえは?」 さっさと注文をし始めた暁に、雅紀は急いでケースの中を見直し 「えっと、じゃあ同じスコーンとアメリカンで」 「ここ、店内は禁煙だからさ、外のテラス席の喫煙スペース、先行って席とっといて」 「あ……はい」 まだ里沙の方を気にしながら、テラスの方に出ていく雅紀を見送り、暁はため息をついた。 ……さいあく。超タイミング悪ぃっつーの。雅紀のヤツ……気づいたよな、多分……。 会計をして出来上がりを待つ間、ちらっと里沙の方を見ると目が合った。意味深に笑いながら、小さく手をふっている。暁は舌打ちして、彼女からプイッと顔をそらすと、トレーを受け取りテラスに向かう。 端っこのテーブル席で、煙草の箱をいじりながら、雅紀はぼんやりしていた。暁は表情を引き締め、トレーをテーブルに置いて 「お待たせ」 にかっと笑って雅紀の隣の椅子に腰をおろす。 「ぁ……ありがとう……」 力無く自分を見る目が、無言で問い掛けてくる。暁はポケットから煙草を取り出し 「ここのスコーン、食ったことある?」 コーヒーを一口すすり、煙草をくわえた。 「暁さん。何であんなこと言ったの?」 雅紀は相変わらず、煙草の箱をいじり続けている。 「んー?何が」 「とぼけないっ。里沙……さんに、俺のこと、こっ恋人って」 暁はマッチを擦って火をつけ、ゆっくり吸い込み煙を吐き出すと 「俺はそう思ってるけど、雅紀は違うんだ?」 「そうじゃなくてっ。わざわざ言うことないですよね?……女性に」 「あいつさ、超面食いだから。軽く牽制。雅紀は俺のもんだから手、出すなよってさ」 「そんなことっ。彼女、俺なんかに興味ないですよ。暁さんの方が…っ」 「俺の方が……何?」 切り返され、雅紀は口を閉じて、手の中の煙草の箱を見つめた。暁はため息をつき 「おまえ、気にするだろうから、先に言っとく。里沙は俺の元セフレな。元カノじゃねーよ。あいつには片思い中の男、いたから」 雅紀はそろそろと顔をあげ、暁を見つめた。 「俺も他に何人か女いたからさ、お互い納得ずく。そん中ではあいつが一番長く続いたかな」 「……セフレ……」 「そ。たまに会って食事して、ホテル行ってお互い楽しんで、その後バイバイ。そういう後腐れのない関係ってヤツ。……軽蔑したか?」 暁はちょっと拗ねたように、雅紀から目を逸らす。雅紀は暁から視線を煙草に戻し 「軽蔑なんて……しません。俺だって……セフレいたし…」 暁は眉をあげ、雅紀を見て 「おまえにセフレ?元カノじゃなくて?」 雅紀は俯いたまま、コクンと頷いた。

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