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とまどいのかけら2
「なんか……意外だな。おまえ堅そうだから、そういうの嫌いかと思ってたよ」
雅紀はぼんやりと箱から煙草を取り出すと、フィルター側をテーブルでとんとんと叩き
「俺、暁さんが思ってるほど、堅物でも真面目でもないですよ。ここ何年か、特定の恋人はいなかったけど、寝るだけの相手はいたし」
呟くように言って、煙草に火をつける。
「ふ~ん。雅紀にセフレね~。なんかいまいち想像出来ねえけどな…」
「……たまに……どうしようもなく寂しくなって、人肌が恋しくなって。なんかいろいろごちゃごちゃ考えちゃう自分が嫌になって、頭の中ば~っと空っぽにしたいな……なんて……そんな感じで」
煙草の煙を吐き出しながら、遠くを見るような目で話す雅紀は、それまで見せたことのない、ちょっと気だるい大人びた表情をしていて、そうか童顔だけどこいつ28だったっけ……と、暁は心の中で妙に納得していた。
「これまで、特定の恋人作んなかったのはなんで?」
「………どうしてかなぁ……。人と深く関わりたくないって気持ちもあったけど……それよりも、まだ本当の相手に巡り会っていない気がしたから……かな…」
「んじゃ、ようやく運命の相手と出逢えたってことじゃん」
暁はご機嫌な表情で、自分のことをくいくいっと指差す。雅紀は無言で、じ……っと暁を見つめた。
「……。おい、なんだよ、その沈黙」
「暁さん。バイかも、なんて言ってたけど……本当は女性の方がいいですよね?さっきの……里沙さん……みたいな」
……やっぱりそうきたか。
暁は、わざと唇をとんがらせてみせて
「だから言ったろ?里沙はそういうんじゃないって」
「里沙さんは違うかも?だけど、暁さんにはやっぱり、隣に女の人がいる方が……似合う気がする」
「何それ。そういうの勝手に決めつけんなって。俺は今さ、おまえだけに惚れてるんだけど?」
顔を寄せてきて、甘く囁く暁に、雅紀は赤くなって、ふいっと目を逸らした。
「おまえが気にしてるのはさ、男同士だからってこと?」
……それは当然気にするでしょ。
暁が、人目も気にせずいちゃついたり、里沙にあっけらかんと、自分を恋人だなんて紹介出来るのは、もともと異性を愛せる性癖だからだ。女性も愛せるけど、同性でもいけるかもという暁と、同性しか愛せない自分とでは、根本的な部分が違う気がする。
「おまえさ、俺がやっぱり女の方がいいってなるんじゃないかって、疑ってるんだろ」
……その不安は、最初からある。だって俺は女じゃないから。
いくら暁が、男の自分に触れるのに抵抗がなかったと言っても、あれはセックスじゃない。
雅紀自身は、あんな風に愛されて、精神的に満たされて、充分に幸せを感じている。
でも、暁は多分……あれでは物足りなくなるだろう。
だからと言って、今まで女しか抱いたことのない暁に、自分を抱かせて満足させられる自信は……正直ない。
何も答えずそっぽを向いている雅紀に焦れたのか、暁は腕を伸ばしてきて、雅紀の手をそっと上から握ると
「なあ…女じゃなくておまえがいいんだって、どうしたら納得する?俺がおまえのこと、もっとちゃんと愛してやれたら……信用出来るか?」
囁く暁の声音に、夕方のカフェには似つかわしくない艶が滲む。雅紀は暁の手をそっと外すと
「暁さん……そういう話、こんな所でしないで」
「んじゃ、場所変えようぜ。コーヒー飲んじまえよ。俺、これ持ち帰る用の袋、もらってくるからさ」
そう言い捨てて立ち上がり、店の中に入っていった暁を、雅紀は目で追い、ふと気づいて、まだ店内にいるかもしれない里沙の姿を、ガラス越しに探した。
カフェを後にして、すぐに駅の改札に向かわずに、回り道して薬局に寄るという暁に付き合った。
店に入るなり、いきなりそういう商品の置いてあるコーナーに連れて行かれた。焦って逃げようとする雅紀の腕を、暁はすかさず掴んで
「俺たちにとって、必要な買い物だろ。ちゃんと付き合えよ」
「暁さんっ……俺」
「今さら逃げようとしてもダーメ。俺はおまえに信用されたい。半端な気持ちじゃないって、分かってもらいたいんだよ。それとも……俺とするの……嫌か?」
これまでにないくらい真剣な表情の暁に、雅紀は目を泳がせ、
「ね、俺、自信ない。暁さんきっとがっかりするから…」
「嫌なんじゃなくて、そういう話なら、俺は聞かないぜ」
暁は、逃げ腰の雅紀の腕を掴んだまま、棚の商品を物色し始めた。
「さすがに……何が必要か、分かるようで分かんねーなぁ……。ほら、さっさと選ばねーと悪目立ちするだろ。必要なもん、教えろって」
急かされて、雅紀はまわりの視線を気にしながら、棚の商品をおずおずと指差した。暁はそれをさっさとカゴに放り込んでいく。
「……これで全部か?」
興味深げにカゴの中身をのぞき込み、念を押してきた暁に、雅紀は耳まで赤く染めて、無言で頷いた。
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