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とまどいのかけら3※
アパートへの帰り道、電車の中でも駅から歩く間も、珍しく暁は無口だった。会話らしい会話もなく並んで歩きながら、でも時折不安になって、雅紀が暁の顔を見る度に、向けてくる暁の眼差しは、優しくて甘くて……。
……どうしよう……どうしてこんな流れになっちゃってんだろ……。
アパートの居間に入るなり、抱きしめられて、唇を奪われた。暁のキスは最初から、熱くて、情熱的だった。息継ぎが出来ないくらい舌を絡め取られて、激しく吸われる。
「んっんーっふ……んぁ…っう……んっんっ」
苦しくなって、しがみついていた暁のシャツをぎゅっと引っ張ると、暁はいったん唇を放し、雅紀と目があって、照れたように笑って
「ごめん……がっつき過ぎだな、俺」
ちゅっとリップ音をさせて、触れるだけのキスを落とし
「風呂のお湯ためてくる。待ってて」
少し掠れた声でそう言って、雅紀をソファーに連れていき、部屋を出ていった。
ソファーにへたりこみ、荒い呼吸をしている雅紀の、霞んでしまった頭の中には、バカみたいに同じ言葉しか浮かばない。
……どうしよう……どうしよう……どうしよう……
自分の鼓動の音がうるさい。心臓が口から飛び出そうだ。
暁とするのは嫌じゃない。嬉しい。嬉しいけど怖い。
部屋に戻ってきた暁は、雅紀の前にかがみこみ、また抱きしめようと腕を伸ばしてきた。雅紀はその腕を両手で掴んで遮り、
「ね、暁さんほんとにするの?」
「なに、今さら。するよ」
「だって……わかってる?何するのか知ってる?」
暁はちょっと目を見張ってから、必死の形相の雅紀を宥めるように微笑み
「ん……だいたいな。要するに……後ろに入れるんだろ?」
暁の言葉に雅紀は真っ赤になり、泣きそうに顔を歪めた。
暁は、雅紀の両手に自分の手を重ねて指を絡める。そのまま自分の口元に持っていって、愛おしそうに口づけ
「そんな顔すんなよ。……怖いか?……やっぱり嫌?」
囁く暁の目が、すでに欲情に濡れている。雅紀は泣きそうになりながら、首を横にふった。
「いや……じゃない……でも……こわい……あ…きらさ…きっと……がっかりするっ……俺のこと……嫌いになっ…」
たどたどしく訴える雅紀の目が潤んでいて、暁はたまらなくなって、ぐいっと引き寄せ
「ばかだな……がっかりなんかしねえよ。嫌いになるわけないだろ。心配すんな」
宥めるように、ゆっくり髪を撫でて
「抱かせて。雅紀、おまえが欲しい。怖くしないからさ」
耳元にそっと囁くと、雅紀の身体がぴくっと跳ね、少し間を置いて、コクンと頷いた。
暁は優しくキスを落としながら、雅紀の服を脱がせていく。下着だけになったところで、雅紀が暁の手を止めた。
「待って……準備……あるから」
「ああ……ええと……俺手伝う?」
雅紀は暁から目を逸らし、俯いて首を横にふり
「終わったら、呼ぶから……待ってて」
「わかった」
浴室に行く雅紀をぼんやり見送り、暁ははたと気がついて
……あ、そっか。布団敷かねえと。
押し入れから布団を出してきて、部屋の真ん中に敷き、買い置きの新しいシーツを広げた。
服を脱いで下着1枚になり、薬局で買ってきた袋を持ってきて、布団の上に胡座をかく。
……潤滑ゼリーに…ローションか……。そりゃそうだよな。女みたいに濡れないわけだしな。
暁はローションのラベルを眺めながら、これからの手順を漠然と想像してみる。
まったく抵抗がないかと言われれば、正直ないこともないような気がする。ただ…
暁は、既に起き出して、下着を盛り上げている自分の愚息を、切なく見下ろして
……こいつがこんだけやる気満々ってことは、要するに俺、抵抗ないっつーことだろ…
不安があるとすれば、雅紀の身体を傷つけないか、気持ちよくしてやれるかだ。
自慢にはならないが、女を抱くことに関しては、それなりに経験値は高いし自信もある。だが男はまったく未知の世界だ。不慣れなせいで、雅紀を辛くさせたり、怖がらせるのだけは、絶対に避けたい。
……しくったな……。男同士のやり方とか、調べときゃよかった。
暁はちらっと浴室の方を見てから、テーブルの上のスマホを取り、検索をかけてみた。
トイレで洗浄を済ませ、身体を洗ってからバスタブに入ると、それだけで雅紀は、もう一杯一杯な気分だった。
ここ4カ月ほど、桐島にも他の男にも抱かれていない身体は、触れてみると、固く口を閉ざしている。洗浄の為に少しほぐれてはいるが、暁のものを受け入れられるくらい柔らかくするには、時間がかかりそうだ。
さっきの暁のキスだけで、身体は熱くなって、前も少し反応している。
大好きな人に抱かれる期待と、不安に戸惑う気持ちが、雅紀の心の中でせめぎあう。
……暁さん……呼ばないと……。あんまり遅いと、また心配させちゃうよな……。
雅紀はのろのろと顔をあげ、気持ちを落ち着かせるために、ゆっくり深呼吸をした。
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