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番外編『愛すべき贈り物』74
「すぐに風呂の湯ためるからさ、とりあえず、ソファーでのんびりしてな」
「……うん……」
病院からホテルまでのタクシーの中、雅紀は一言も喋らなかった。暁もあえて話しかけたりはせず、ただ黙って肩を抱いていた。車を降りて、暁がそっと雅紀の手を握ると、いつもならば「人前ですっ」と恥ずかしがって手を振りほどくのに、雅紀はきゅっと握り返してきて、ぴとっと暁に引っ付いて歩く。
……だいぶ参ってんな……。ま、当然だよな。
瀧田の事件の後しばらくの間、雅紀は外を歩く時はすごく緊張した様子で、暁にぴったりとくっついて離れなかった。
夜中に怖い夢を見て悲鳴をあげて飛び起きるのも、毎晩のように続いたし、突然フラッシュバックする残酷な記憶に、過呼吸を起こしかけることもしょっちゅうだった。
ようやくここ最近なのだ。暁や秋音と別行動したり、1人で仕事に行けるようになって、魘されたりパニックのような症状が起きなくなったのは。
雅紀の精神状態が落ち着くのを、暁と秋音は焦らず辛抱強く、ずっと寄り添いながら見守ってきた。苦しみながらも自分たちの愛情を信じて、一生懸命前を向こうと、雅紀は頑張ってきたのだ。誰よりも側にいて、雅紀の苦しさに寄り添ってきたからこそ、ようやく安定してきた雅紀の心が、また逆戻りしてしまうのは切なかった。
……仕方ねえさ。辛いのは俺たちじゃねえ。本人が何より一番、苦しいし悔しいだろう。俺たちは、またいちから雅紀に寄り添って、見守り続けるだけだ。
ソファーにどさっと腰をおろし、ぼんやり放心している雅紀にちゅっとキスを落とし、暁は浴室に向かった。不安にさせない為にドアは閉めない。
綺麗に清掃されている浴槽を、軽くシャワーで流してから、栓をしてお湯をためる。
まずはゆっくりと身体を清め温めて、疲弊した心と身体に、きちんと休息を取らせないと。
「……暁さん……」
遠慮がちな声に、振り返ると、ドアの所に雅紀がいた。
へにょんと眉をさげ元気のない笑みを無理矢理浮かべている。
……んな顔すんなよ……。
暁は心がずきっと痛むのを堪えて、にかっと笑いかけ
「お。どーした? 今お湯ためてるからもうちょっと……」
次の瞬間、雅紀はぱっと暁に駆け寄って、抱きついた。
「おわっ」
ぽすんと胸に飛び込んできたのを、慌てて受けとめる。
雅紀は甘えるように顔をすりすりして、腕の中にすっぽりとおさまった。
「ん~? どした? 甘えん坊さんか?」
囁く暁の声が、甘くて優しい。雅紀は暁の背中に手を回してきゅーっとすると
「……ん……何でも、ないです。……ちょっとだけ……ぎゅ~って……して欲しくなった……だけ」
「ちょっとだけか? ずーっとこうしててもいいぜ」
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