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たゆたう月舟2
カチャカチャとパソコンのキーボードを操る音で、雅紀が目を覚ますと、
「あーごめん。うるさかったか?」
「ううん。暁さん、今……何時?」
「んー。夜9時過ぎたとこだ」
あれからうとうとと、2時間近く眠っていたらしい。慌てて飛び起きると、暁はパソコンの画面を閉じて振り返り
「だるかったらまだ寝てろよ~」
心なしかちょっと元気のない表情で笑って、テーブルの上の書類を片付け始める。
身体は暁が綺麗にしてくれたらしく、あれだけ汗をかいたのにさっぱりしていて、暁のシャツを着せられていた。
「ごめんなさい……俺……寝ちゃってて…」
「なんで謝んだよ。気にすんなって。それより起きたんなら飯食うか?腹減ったろ?」
雅紀は急いで立ち上がると
「あ。暁さん仕事中でしょう?続けてて。俺が、飯準備するからっ」
言いながら歩き出そうとして…よろけた。
「あ。おいっ」
暁は慌てて立ち上がって、転けそうになる雅紀の腕を掴み
「ばーか。いきなり動くなって。腰にきてんだろ」
そう言って引き寄せ、腰を抱き
「エロかったもんなぁ、おまえの腰使い」
雅紀の顔をのぞきこみ、にやっと笑って、いやらしい手つきで腰を撫でた。雅紀の顔は瞬時に赤く染まる。
「っ…暁さんのばかっ」
「ふふん。ばかでいいぜ~。俺、嘘は言ってないし?」
「もうっいいっ。触んないでっ」
「んな怒るなよー。ま、ツンなおまえも可愛いからいいけど」
じたばたともがく雅紀をぎゅっと抱きしめ、頬擦りする。
「離してって。もお~暁さん、俺、飯の準備…」
「もう出来てるぜ。匂いでわかんだろ?カレー。後はあっためるだけ」
雅紀は唖然とした顔で暁を見上げ、くんくんと鼻をうごめかせて、キッチンの方を見る。
「ご自慢のキーマカレー食べさせたかったんだけどなぁ。スパイス組み合わせの本格的なヤツ。でも材料と時間ないから、今日はパスな」
「ほんとだ……いい匂いしてる……。俺、寝てる間に……作っちゃったんだ…」
さっきの怒りはすっ飛んだのか、一転、尊敬の眼差しを向ける雅紀に苦笑して
「お手軽ルーで作ったビーフカレー。時短の為に肉は薄切り。じゃがいもやニンジンは小さめ。でも玉ねぎはちゃんと時間かけて炒めたぜ」
「ご飯も……炊いちゃった?」
暁はどや顔でコクリと頷くと、
「食うか?」
「……頂きます……」
「おーけー。んじゃあっためてくるから、座って待ってな」
「や、俺も手伝う、」
「だーめ。足のふらつき治ったら、後片付けはおまえに任せるから。今は大人しく座っとけ」
宥めるように雅紀の頭をぽんぽん撫でて、テーブルのところに連れていき、部屋を出て行ってしまった。
……ダメだなぁ……俺。暁さん何でもさっさとやっちゃうのに……。
雅紀はため息をつき、所在なさげにテーブルのまわりに、うろうろと視線をさ迷わせる。さっき暁が書類を仕舞っていたファイルに目が止まった。
……何でも屋さん……って言ってたよな、暁さん。浮気調査とかやってて……つまりは探偵さん……だよね?また何か調べてるのかな。……そういえば……うとうとしてた時、話し声聞いてた気がする……。あれって……電話……?
雅紀はぼんやりと記憶を辿りながら、投げ出してあるファイルを、パソコンの脇に片付けようと手を伸ばした。
「なあ、雅紀ー。おまえ福神漬け、食える?」
暁の問いかけに、雅紀はキッチンの方に目を向け
「あ。俺、あれ好きです」
「了解。腹の減り具合は?大盛り、中盛り、普通盛り」
「んー……。普通盛り……かなぁ?」
「んじゃ、普通盛りでよそうからさ、足りなかったらお代わりなー」
「はい」
暁はトレーに雅紀の分のカレー皿とカトラリーとサラダを乗せて、部屋に入ってくると、皿をテーブルに並べながら
「今度さ、エプロン買うか」
「エプロン?」
「そ。フリルついた白いヤツ」
暁のニヤニヤ顔に、雅紀は顔をしかめた。
「いらないです」
「なんでだよ~。おまえ手伝ってくれる時、あった方がいいだろー」
「暁さん……。邪な願望が顔に出てますから」
「ちっ。バレたか」
暁は舌打ちすると、キッチンに戻って自分の分を取ってきてテーブルに並べ、雅紀の横に腰をおろした。
「……なんで……隣?」
「いいじゃん。気にすんなって。さ、食うぞ~」
雅紀はちろっと暁を見て、手を合わせてからスプーンを取る。一口食べて思わず頬を緩めると、にこにこしながら暁が顔をのぞきこみ
「どうだ?美味い?」
「ん。美味しいです」
「おまえ、食ってる時、幸せそうな顔するよなぁ…」
暁は満足そうに笑って、自分もスプーンを取り食べ始めた。
「な、雅紀…」
「ん……何?」
スプーンに乗ったにんじんをじっと睨み付け、覚悟を決めて口に運ぼうとしていた雅紀は、暁のちょっと沈んだ声に、はっとして隣を見つめた。
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