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たゆたう月舟3
暁は珍しく言い淀み、スプーンでカレーをすくって一口食べてから
「あー……食いながら聞いてくれよ。……ちなみに好き嫌いはだめな。ちゃんとにんじんも食え」
雅紀は、何でわかったの?とでも言いたげな顔で、スプーンの上のにんじんと、暁の顔を見比べから、ちょっと顔を赤くして、
「今、食べようとしてたとこだし…」
慌ててにんじんを口に放り込み、若干顔をしかめて素早く咀嚼して飲み込んだ。
暁は苦笑しながら
「あのな、おまえにビジホで待っててもらってさ、俺、人に会ってたろ?」
「あーうん、お仕事の相手ですよね」
「そそ。あれ調査依頼だったんだけどな。人探しの。でさ、明日はどうかまだわかんねえけど…」
「うん」
「ひょっとすると、東北の方に出張かもしんねえの」
雅紀は、すくったスプーンを持ち上げたまま、暁の顔をじっと見つめた。
「……東北……?」
「そ。探してる人間、仙台に住んでたんだってさ。で、行方不明」
「……仙台……」
「数年前にも他の人間雇って、調査してるらしいんだけどな。勤め先に突然辞表出して、住んでたアパートも解約して、で、消えたらしい。まあ、自分の意思でいなくなったわけだよな」
「……そう……。じゃあ暁さん、仙台……行くの?」
「んー……まだわかんねえ。でもそこで消息断ってるからな、多分行くことになる。でさ」
「うん。つまり……このアパート、暁さん、しばらく留守にするってことですね」
暁は顔をしかめ
「そういうこと」
「……分かりました。じゃあやっぱり俺、自分の…」
「それでな、おまえさえ嫌じゃなかったら、俺が留守の間も、ここに居て欲しいんだよ」
「え?」
「ここ、使って。俺居なくても構わないから。鍵、預けとくからさ」
「やっ……でもっ」
「ここならストーカーも来ないだろ?」
「え……でもそんな…」
「側にいてやるなんて言って、いきなり留守とか、ほんと悪いんだけどさ」
「やっそれはっ、暁さんだって仕事だから。でも留守の間、俺あがりこむなんて…」
「嫌か?ほんとは心配だから、おまえ一緒に東北連れて行きたいくらいなんだけどさ、おまえだって仕事あるしな。やっぱ無理か?自分のアパート……帰りたい?」
「……帰りたいわけじゃ……ないけど……でも」
「調査の内容によっては、何日留守にするかまだわかんねえけどさ、他にも案件抱えてるから、多分ちょくちょく戻ってくる。行きっぱなしにはなんねーよ。だからさ……留守番……しててくんねーかな」
言い募る暁の必死さに、雅紀はスプーンを皿に置き、暁の方に体ごと向き直って
「ね……暁さん。俺、そんなに心配させちゃったんですね」
暁は眉をさげ、かなり情けない表情になって
「だってさ……おまえ、ここ来た時、ほんと酷い状態だったぜ。俺ショックで涙出ちまったもん」
「そう…ですよね。…ね、暁さん、俺がここから会社通って、ちゃんと留守番してたら…安心?」
「まあな…。おまえのアパートにいるよりは…安心かな…」
雅紀はにっこり笑って
「じゃあ俺、ここにいますよ。暁さんの帰り、待ってます」
すんなりOKするとは思っていなかったのか、暁は一瞬呆けたような顔をしてから、慌ててスプーンを放り出し、雅紀の手を掴んで
「マジか?おまえ…いいの?」
「はい。暁さんの気持ち、嬉しいから。とことん甘えさせてもらいます」
「そっか…」
掴んだ雅紀の手をぐいっと引っ張って、倒れこんできた身体を抱きしめ
「ごめん…俺、強引だよな。わかってるんだ。おまえのこと、振り回してる自覚はある。だけどさ…」
暁の大きな身体が、急にしょんぼり小さくなった。
「おまえに対しては、なんでかなぁ…俺、抑えがきかないんだよな。なんつーか…我が儘になっちまう。大人げないってわかってんのにな…」
雅紀はちょっと離れて、暁をまじまじ見て、だんだん嬉しそうな顔になり
「それって…俺より大人で、何でもこなしちゃう暁さんが、俺に…甘えてくれてる…ってこと?」
暁はバツが悪そうにそっぽを向いて
「んー……認めんのやだけど、そういうことかも」
雅紀はふふ…っと笑って、暁の頭をいつもされてるみたいにぽふぽふして
「なんか意外。ううん。嬉しい。暁さんが可愛い」
「…っ可愛い言うなっ」
「だって…なんかデカイ犬がしょぼくれてる感じ」
「おい…」
恨めしそうな顔をする暁を、雅紀はぎゅっと抱きしめて
「ふふ。いつもと逆転。たまにはいいでしょう?こういうのも」
暁は、ご機嫌な様子の雅紀に苦笑して、素直に力を抜き身体を預けた。
「ほっとすんな…。おまえとこうしてるとさ」
「うん…」
雅紀の体温を感じながら、暁はぼんやりと考えていた。
…不安なんだよ。雅紀。このままおまえ帰したら、会えなくなっちまう気がしてさ…。
なんだろな。この胸騒ぎ。
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