79 / 366

たゆたう月舟4

「ね、暁さん…」 「んー?なに、どした?」 暁はすっかり甘えモードで、雅紀の身体にすりすりしながら、シャツの裾から手を入れようとして…ガシッと阻まれた。 「カレー。冷めちゃいます」 「うわっひでぇ……。せっかくいいムードだっつーのに、食欲優先かよ」 「当然です」 雅紀に悪戯の手をぴしゃりとされて、暁は渋々身体を起こすと、不貞腐れ顔で食事を再開する。 雅紀はくすくす笑いながら、スプーンを取り、自分も食べ始めた。 「ね、暁さん。お菓子作りって、子供の頃からやってたんですか?」 ふと昼間のことを思い出して聞いてみると、暁はサラダをつつきながら 「うーん……どうかなぁ。やってたかもしんねーけど、本格的に作り始めたのは3年ぐらい前だぜ」 「ふ~ん……やっぱ甘いもの好きが高じて、とか?」 「や。甘いもんは嫌いじゃねえけど、作り始めたきっかけは、もじ丸のおばさんだ。俺、ここに住む前は、もじ丸の2階に居候してたんだよ。おばさんが好きで作ってんの手伝ってるうちに、すっかりはまっちまったわけ」 「へぇ……。もじ丸のおばさんかぁ…」 「最初は簡単な焼き菓子とかでさ。だんだん面白くなってきて、分厚いお菓子作り百科買って、レシピ全制覇する勢いでさ、一時なんか、ほぼ毎日何か作ってたぜ」 「うわぁ……すごいはまりっぷり…」 雅紀が唖然とすると、暁は照れたように笑って 「もともと凝り性なんだろな、俺。料理もおばさんに教わってさ。出汁の取り方から魚の捌き方なんかもな。和食の基本は全部おばさん仕込みだよ。ま、おばさんのような味は、まだまだ出せそうにねえけどな」 「暁さんの料理、俺、好きですよ。今度、手作りのお菓子も食べてみたいかも」 「んじゃさ、今度の週末はお菓子作りな。まずは簡単なものから一緒にやってみるか?教えてやるよ」 「わっマジですか?う~楽しみだな」 食事の後、風呂を済ませて、リビングでビール片手に寛いでいる暁に、雅紀はおずおずと切り出した。 「あのね、暁さん。明日、仕事終わったら…」 「ん?」 「俺、ちょっと……荷物、取りに行きたいんです」 「なに?足りないもの、あんの?」 「うーん……足りないものっていうか……。俺、あの時パニック起こしながら、荷物詰めてたから……持ち出したものめちゃくちゃで」 「あー……そっかぁ。んーでもなぁ……。足りないもの、買い足したらよくないか?」 「ん……普段着はいいんですけど、スーツとかワイシャツなんかが…」 「う~ん……。じゃあさ、1人で行くなよ。俺、付き合うから」 「いいんですか?……そうしてもらえたら……助かります」 雅紀は深々と頭をさげた。 「じゃ、仕事終わったらさ、ライン入れて。その時の状況で、こっちも都合つけてさ、車で拾って連れていくよ」 「わかりました。暁さん、お手数ですけど、お願いします」 「ん。OK。さーて。そろそろ布団入るか。あ、そうだ。明日さ、俺、車で出るから、おまえの会社まで送ってくよ」 「え?や、だって暁さんの会社、○○駅でしょ?遠回りじゃないですか?」 「車なら少し回り道するだけじゃん。どうせ渋滞回避して下道行くからさ、そう遠回りでもないぜ」 「……」 黙りこんで考えている雅紀の手を、掴んで引き寄せ 「とことん甘えるんだろ?そんくらい大した手間じゃねえよ」 暁に後ろから抱きこまれ、頬にちゅっとされて、雅紀は赤くなり 「じゃあ……お願いします」 「了解。じゃ、寝るか」 「ん…」 雅紀はコクンと頷くと、まだ赤い顔のまま後ろを振り返り、暁の唇にちゅっとキスを返す。 びっくりして固まっている暁を見ないようにして、腕の中から逃げ出し、壁側の布団に素早くもぐりこんだ。 「なあ、今のってさ、おやすみのチュウかよ?」 嬉しそうに身を乗り出して聞いてくる暁に、背を向けて布団を被り 「…っ。そうですー。じゃ、お休みなさい。暁さん」 「ん。お休み、雅紀。つーか、こっち向いて寝ろよ~。寂しいじゃん」 暁の甘えた声に、雅紀はそろそろと布団から顔を出し、暁の方を向いた。こっち向きに横たわる暁と、ばっちり目が合って、気恥ずかしくなって目を逸らす。 「なんかやっぱ遠いなー。なあ、一緒の布団で…」 「だめ。ドキドキして眠れなくなります」 「くく……。そういう可愛いこと言うと……襲うぞ?」 「だめ。明日は仕事ですから」 「ちぇっ……。じゃあさ、せめて手繋ぐから出せよ。」 「どこの女子高生ですか」 くすくす笑う雅紀に、暁は唇を尖らせ 「いいから、手ー」 雅紀が笑いながら伸ばした手を、暁はきゅっと握って、ようやく満足そうに目を閉じた。 暁の大きな手から伝わってくる暖かさを感じながら、雅紀は暁が寝息をたて始めるまで、じっと暁の顔を見つめていた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!