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たゆたう月舟4
「ね、暁さん…」
「んー?なに、どした?」
暁はすっかり甘えモードで、雅紀の身体にすりすりしながら、シャツの裾から手を入れようとして…ガシッと阻まれた。
「カレー。冷めちゃいます」
「うわっひでぇ……。せっかくいいムードだっつーのに、食欲優先かよ」
「当然です」
雅紀に悪戯の手をぴしゃりとされて、暁は渋々身体を起こすと、不貞腐れ顔で食事を再開する。
雅紀はくすくす笑いながら、スプーンを取り、自分も食べ始めた。
「ね、暁さん。お菓子作りって、子供の頃からやってたんですか?」
ふと昼間のことを思い出して聞いてみると、暁はサラダをつつきながら
「うーん……どうかなぁ。やってたかもしんねーけど、本格的に作り始めたのは3年ぐらい前だぜ」
「ふ~ん……やっぱ甘いもの好きが高じて、とか?」
「や。甘いもんは嫌いじゃねえけど、作り始めたきっかけは、もじ丸のおばさんだ。俺、ここに住む前は、もじ丸の2階に居候してたんだよ。おばさんが好きで作ってんの手伝ってるうちに、すっかりはまっちまったわけ」
「へぇ……。もじ丸のおばさんかぁ…」
「最初は簡単な焼き菓子とかでさ。だんだん面白くなってきて、分厚いお菓子作り百科買って、レシピ全制覇する勢いでさ、一時なんか、ほぼ毎日何か作ってたぜ」
「うわぁ……すごいはまりっぷり…」
雅紀が唖然とすると、暁は照れたように笑って
「もともと凝り性なんだろな、俺。料理もおばさんに教わってさ。出汁の取り方から魚の捌き方なんかもな。和食の基本は全部おばさん仕込みだよ。ま、おばさんのような味は、まだまだ出せそうにねえけどな」
「暁さんの料理、俺、好きですよ。今度、手作りのお菓子も食べてみたいかも」
「んじゃさ、今度の週末はお菓子作りな。まずは簡単なものから一緒にやってみるか?教えてやるよ」
「わっマジですか?う~楽しみだな」
食事の後、風呂を済ませて、リビングでビール片手に寛いでいる暁に、雅紀はおずおずと切り出した。
「あのね、暁さん。明日、仕事終わったら…」
「ん?」
「俺、ちょっと……荷物、取りに行きたいんです」
「なに?足りないもの、あんの?」
「うーん……足りないものっていうか……。俺、あの時パニック起こしながら、荷物詰めてたから……持ち出したものめちゃくちゃで」
「あー……そっかぁ。んーでもなぁ……。足りないもの、買い足したらよくないか?」
「ん……普段着はいいんですけど、スーツとかワイシャツなんかが…」
「う~ん……。じゃあさ、1人で行くなよ。俺、付き合うから」
「いいんですか?……そうしてもらえたら……助かります」
雅紀は深々と頭をさげた。
「じゃ、仕事終わったらさ、ライン入れて。その時の状況で、こっちも都合つけてさ、車で拾って連れていくよ」
「わかりました。暁さん、お手数ですけど、お願いします」
「ん。OK。さーて。そろそろ布団入るか。あ、そうだ。明日さ、俺、車で出るから、おまえの会社まで送ってくよ」
「え?や、だって暁さんの会社、○○駅でしょ?遠回りじゃないですか?」
「車なら少し回り道するだけじゃん。どうせ渋滞回避して下道行くからさ、そう遠回りでもないぜ」
「……」
黙りこんで考えている雅紀の手を、掴んで引き寄せ
「とことん甘えるんだろ?そんくらい大した手間じゃねえよ」
暁に後ろから抱きこまれ、頬にちゅっとされて、雅紀は赤くなり
「じゃあ……お願いします」
「了解。じゃ、寝るか」
「ん…」
雅紀はコクンと頷くと、まだ赤い顔のまま後ろを振り返り、暁の唇にちゅっとキスを返す。
びっくりして固まっている暁を見ないようにして、腕の中から逃げ出し、壁側の布団に素早くもぐりこんだ。
「なあ、今のってさ、おやすみのチュウかよ?」
嬉しそうに身を乗り出して聞いてくる暁に、背を向けて布団を被り
「…っ。そうですー。じゃ、お休みなさい。暁さん」
「ん。お休み、雅紀。つーか、こっち向いて寝ろよ~。寂しいじゃん」
暁の甘えた声に、雅紀はそろそろと布団から顔を出し、暁の方を向いた。こっち向きに横たわる暁と、ばっちり目が合って、気恥ずかしくなって目を逸らす。
「なんかやっぱ遠いなー。なあ、一緒の布団で…」
「だめ。ドキドキして眠れなくなります」
「くく……。そういう可愛いこと言うと……襲うぞ?」
「だめ。明日は仕事ですから」
「ちぇっ……。じゃあさ、せめて手繋ぐから出せよ。」
「どこの女子高生ですか」
くすくす笑う雅紀に、暁は唇を尖らせ
「いいから、手ー」
雅紀が笑いながら伸ばした手を、暁はきゅっと握って、ようやく満足そうに目を閉じた。
暁の大きな手から伝わってくる暖かさを感じながら、雅紀は暁が寝息をたて始めるまで、じっと暁の顔を見つめていた。
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