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第24章 迷い月1

朝、スマホの目覚ましで飛び起きて、時計を見ると、余裕のない時間になっていた。 「やっべ~しくじった。目覚ましの時間、セットし直すの忘れてたっ」 2人は朝のいちゃつきもそこそこに、昨日買って帰ったスコーンとコーヒーで簡単な朝食を済ませて、慌ただしく身支度をすると、暁の車に飛び乗った。 「ごめんなさい…。暁さんはもっとゆっくりで大丈夫だったんでしょう?」 へこんだ顔で聞いてくる雅紀に、暁は首をすくめ 「いや。今日は朝のミーティングがあるからさ、俺も一応定時出社。っつってもいつもは面倒だから、ほとんど出ないんだけどさ。そういうの、うちは超アバウト」 「そうなんだ…。探偵…事務所?っていうの?俺、ドラマでしか見たことないです」 暁は慣れた様子で、狭い抜け道を通りながら 「事務所はさ、雑居ビルん中のワンフロアで、普通の会社と雰囲気そう変わらないぜ。ただ、中にいる人間が、かなり個性的だけどな」 「個性的…?」 「そ。なんつーの?変人ばっか。社長がかなりの変わり者だからさ。集まってくる社員もワケアリなヤツが多くてな。事務の桜さんなんかさ、一見お色気たっぷりのグラマラス美女だけど、実年齢はたぶん俺の倍近くでさ。5回結婚して5回離婚して、只今恋人募集中」 「うわ…たしかに…個性的かも…」 暁はにやにやしながら煙草をくわえ 「他の連中も強者揃いだから。おまえみたいな素直でまともなヤツ、あの事務所に連れてったら、カルチャーショックだぜ。いじられまくって泣かされるかもな」 「あは…は…。だから暁さんも個性的なんですね?」 「…ん~?それ、どういう意味だよ」 怪訝な顔の暁に、雅紀はにっこり笑って誤魔化した。 …だって…ゲイじゃないのに、俺みたいなヤツ、好きだって…恋人だって言ってくれてるし…。 「あと10分ぐらいで○○駅だぜ。おまえの会社、駅前だったよな?大通りまっすぐ?」 「あ、はい。あそこの信号3つ目を、左に入ってすぐのビルなんで、信号の手前で降ろしてもらえたら…」 「OK。この調子だと20分前には着きそうだな」 暁はほっとしたように笑うと、マッチを擦って煙草に火をつけた。雅紀も笑って頷くと、煙草をくわえ、ライターで火をつけようとする。 「マッチ、擦ってみな」 「え?」 「おまえ、こないだ使いたそうにしてたじゃん」 暁の差し出すマッチと、暁の顔を見比べて、雅紀はちょっと苦笑いした。 「気づいてたんだ…」 おずおずとマッチを受けとる。 「ん。ばっちり見てた。そこ、開いて1本外してさ、その頭のとこを、擦る部分とふたの間に挟んでみ」 雅紀はたどたどしい手つきで、側薬とふたの間に、頭薬の部分を挟んでみた。 「そのまま一気に引く」 おそるおそる引いてみたが不発だった。 「怖がらないで力入れて、素早く引くのな。ゆっくりやってると指、火傷するぞ」 雅紀は再度、挟んだマッチを素早く引いてみた。シュッという音とともに火がつく。 「あっ…点いたっ」 「はしゃいでるとあっという間に燃えつきるぞ~」 雅紀は、慌ててくわえた煙草にマッチで火をつけた。煙草を吸いながら、手に持ったマッチを嬉しそうに見つめている雅紀に、暁は思わず頬をゆるめる。 「そんな難しくないだろ?思い切りの良さがポイントな」 「うん。ちゃんと火、点きました。うわ、なんか、格好いい」 子供みたいにキラキラな目をする、雅紀の反応がえらく可愛い。 「昔の洋画でさ、壁とか靴の底を擦って、火つけるシーンがあんのな。あれ格好よくてさ、真似してみたんだよ」 「え?靴の底で火、点くの?!」 暁は首をすくめて 「昔のは点いたみたいだな。でも自然発火して危ないんで、今のはそれ、出来ないようになってるらしいぜ」 「あ~…そうなんだ…」 「今は喫煙自体が、青少年に悪影響だって、映像にもなりにくいけどな」 「そうですね。喫煙者には世間の目、厳しいですし」 「国の税収にせっせと貢献しながら、煙たがられる喫煙者。なかなか痛いよな。お。そろそろ着くぜ」 「あ、はい。暁さん、ありがとう」 「どういたしまして。終わったらラインよこしな」 暁が車を停めると、雅紀は煙草を灰皿に捨て、鞄を手に深呼吸して、ドアを開ける。 「はい。じゃあ、行ってきます」 微笑んで、そのまま出ようとすると、暁に腕を掴んで引き戻された。 「え?…っあ…」 シートベルトを外し、身を乗り出した暁に、引き寄せられ、キスされた。 触れるだけのキスだったが、雅紀は真っ赤になり 「…暁さんっ……っ」 「行ってらっしゃいのキス、な」 雅紀は真っ赤な顔で、促されて外に出た。暁はにやりとして、車の中から手を振ると、そのまま走り去る。 雅紀は呆然とそれを見送り、自分の唇をそっと指でなぞった。        

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