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番外編『愛すべき贈り物』97
雅紀の身体が小刻みに震え出した。
「多分、無意識なんだろうな。おまえ自身、自覚してねえんだろ。雅紀、おまえのそれは幸せ恐怖症ってやつだ。手に入れてしまったら、いつか手放す日が来るのが怖い。失うことが怖いから、最初から予防線引いてるんだよ。これは夢かもしれない。もし失っても覚悟は出来てるから大丈夫。そうやって、無意識に距離を置いてる。違うか?」
「……ち……がぅ……」
雅紀は掠れた声で呟くと、力なく首を振った。暁は宥めるように背中を擦り
「俺はおまえを幸せにしてやりたいよ。臆病な仔猫みたいなおまえの心をさ。そんなに怖がんなくていいんだぜ。俺だって怯えてるさ。おまえと同じなんだよ。失うのが怖いのは、俺だっておんなじだ」
雅紀は暁の腕の中から、恐る恐る顔をあげた。
「……おんなじ……? 暁さんも?」
暁はちょっと辛そうに微笑んで
「ああ。怖いね。だってさ、替えのきくような恋じゃねえからさ。好きになり過ぎちまってるからな、おまえのこと。もし失っちまったらさ、俺、きっと廃人になっちまうぜ」
雅紀は目を見開いた。
「……え……そんなに?」
暁は苦笑して
「前に言ったじゃん。俺の気持ち、おまえには重たいかもしれねえってさ。あのな、雅紀。おまえは俺に、まだ他に選択肢はあるって逃げ道作ってくれてるつもりだろうけどさ、逃げなきゃなんねーの、ほんとはおまえの方かもよ?」
目をまあるくしている雅紀の上に、暁はちょっと怖い顔をしてのしかかった。いつもなら、華奢な雅紀を押し潰さないように気遣ってくれるのに、まるで全体重をかけるようにして覆い被さる。少し苦しそうに身動ぎする雅紀に、暁はせつなく笑って
「もう逃がしてやれねえけどな。おまえが逃げてえって言ってもさ、俺、この手ゆるめてやれねえよ。どうしても逃げるっつうんなら、おまえのこと……殺しちまうかも」
暁の笑顔に凄みが増す。雅紀は瞬きも忘れたように、暁の辛そうな目をじっと見つめた。
しばらくお互いに見つめ合ったまま、沈黙が流れた。
やがて、雅紀は呪縛から解けたように、頬をゆるませる。
雅紀は、幸せそうに微笑んでいた。
「そんなに……執着してくれるの? 俺のこと、そんなに……好き?」
雅紀の目にみるみる浮かぶ涙を、暁は哀しく見つめて
「ああ……好きだ。好き過ぎて怖えーよ、自分がさ」
「そう。……俺が逃げようとしたら、殺してくれる?」
「逃がさねえよ、絶対。おまえは、俺のもんだから」
雅紀はきゅっと目を瞑った。その目尻から伝い落ちる涙を、暁は息を詰めて見つめる。
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