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番外編『愛すべき贈り物』105
愛しすぎて大事過ぎて、あまりにも特別な存在だから辛いのだ。他の女みたいに抱いてしまえば、きっと幻想は消える。
祥悟はそろそろと手を伸ばし、里沙の柔らかい髪に触れた。まるで壊れ物を扱うように、指先でその美しい頬を撫でる。やがてその指は戸惑いながら、里沙のナイトドレスの胸元に向かった。薄衣越しに静かに息づく、自分とは違う性の象徴。
柔らかいまろみに触れるギリギリのところで、祥悟の手がぴたっと止まった。
「……っ」
とうとう堪えきれずに、涙がぽとんと落ちた。里沙のドレスの胸元に、それは小さな染みを作った。
ずっと好きだった。小さい頃は、姉の後ろをいつもついて歩いた。姉の姿が見えないと不安で仕方なかった。姉が先に橘に引き取られると決まった時は、心から安堵した。離れることは辛すぎたけれど、このまま施設に居ても、先の苦労は目に見えていたから。断腸の思いで姉の背中を押したのに、姉は弟も一緒じゃなければ何処にも行かないと、祥悟を抱き締めて泣きじゃくった。だから、2人揃って橘の義父の所に引き取られた時、祥悟は誓ったのだ。この姉の幸せの為ならば、自分はどんなことでもする……と。
祥悟はぐっと唇を噛み締め、天井を仰いだ。溢れた涙が頬を伝い落ちる。
……バカだろ、俺。抱いてどうする。里沙を傷つけて苦しめて、どーするんだよ。
祥悟は自分に舌打ちすると、そろそろと身を起こし、里沙を起こさないように、ベッドから慎重に降りた。掛け布団で里沙の全身を覆ってから後退りする。
酔いは完全に覚め果てていた。
ベッドにくるりと背を向けると、足をもつれさせながら、逃げるように寝室を後にする。
よろけながら自分の部屋に戻り、里沙の部屋と同じ間取りの自室のベッドに転がり込んだ。
……里沙。里沙。里沙……っ。
祥悟は布団を頭から被って、声を殺して泣いた。涙は後から後から溢れて、止まらなかった。
……あれからもう15年だろ。相変わらず、進歩ねえよな……俺。
ベッドで眠る里沙の無邪気な寝顔を見下ろしながら、祥悟は苦く笑って溜め息をついた。
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