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番外編『愛すべき贈り物』108

里沙の寝室から逃げ出した3日後、祥悟は義父の部屋のドアを神妙な顔でノックした。 「どうした‍?おまえが私に用があるなんて、珍しいじゃないか。座りなさい」 義父の橘は、祥悟より15歳年上の実業家で、仕事も私生活も充実している自信に満ち溢れた男だった。20歳の自分からしたら、まだまだ太刀打ちの出来ない、余裕のある大人だ。 若い頃はモデルの仕事もしていた人だから、見てくれも悪くない。もっとも、モデルの方ではあまり売れなかったようで、片親だった父親が病気で亡くなった後、モデル業には早々に見切りをつけて、父親の遺産を元手に今の会社を立ち上げたらしい。もともと商才があったのだろう。モデル事務所の他に、飲食店業と不動産業にも手を伸ばし、着々と成果をおさめている。 祥悟は、橘が勧める椅子をちらっと見て首を振り 「貴方にお願いがあります」 「うん。何だい‍? 改まって」 「俺、ここを出て、1人暮らししたいんです」 ソファーに腰をおろし、コーヒーを片手に新聞を読んでいた橘は、祥悟の言葉に顔をあげた。 「1人暮らし……ね。この家はそんなに居心地が悪いかな‍?」 橘の顔には何の表情も浮かんではいない。妙に威圧感を感じるのは、自分の僻み心のせいなのかもしれない。 「いえ。居心地悪くはないですよ。ただ仕事してると、ここから現場向かうのって不便だし、俺も成人したんで、そろそろ独立して生活した方がいいかなって思って」 「ふーん……」 橘のちょっと不快そうな表情に、祥悟は苦笑して 「や。これまで面倒見て頂いたことは、ほんと感謝してます。ご恩返しも忘れてないですよ。でも、俺も男なんで、仕事もらって金を稼がせて頂いてる上に、生活全般も面倒見て貰ってるってのも……ちょっと心苦しいんですよね。自分で出来ることは自分でやりたいし」 言えば言うほど、何だか言い訳がましく、卑屈になっている自分が嫌で、祥悟はぴたっと口を噤んで橘の顔を見た。 橘はしばらく無言で腕を組んで考え込んでいたが 「仕事は今まで通り、きちんとこなせるのかな? 1人暮らしで羽根を伸ばし過ぎて、無責任なことをされても困る」 「それは、もちろん。別に住むってだけで、仕事は今までと変わらずやっていくつもりです」 「第一、おまえは里沙と同じ現場が多いんだ。ここから一緒に向かった方が便利だろう」 祥悟は顔を顰め 「いや。その点については、俺もちょっと考えがあって……。双子姉弟モデルってチヤホヤされるのも、そろそろ厳しいかなって思ってるんですよね。俺、里沙と体型も随分違ってきてるし、2人で似合う服ってのも年齢的に限界あるし。ピンでの仕事、出来れば増やしていきたいなって思ってるんです。需要があれば……ですけどね」

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