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月下の宴2

「呼び捨ては嫌ですか?それなら、総一さんでもいいでしょう。さあ」 ……や、待って、何言ってんだよ、この人。名前で呼ぶなんて出来るわけ… 瀧田は手をあげて給仕たちを下がらせ、立ち上がりゆっくりと雅紀の方に歩み寄って来る。 「私はね。雅紀。美しいものが大好きなんですよ。君のことは一目で気に入りました。だからね。君ともっと親しくなりたいんです」 近づく瀧田はにこやかな笑みを浮かべているのに、眼鏡の奥の目は、獲物を捕らえる猛禽類のように鋭い。 ……やっぱりこの人、絶対おかしい……。……変だよこんなの……。 昨日会った時から感じていた違和感。それがどんどん膨らんでいって、雅紀の頭の中に、警鐘が鳴り響く。 すぐそばまで来た瀧田が、手を伸ばしてくる。雅紀はその手から逃れようと立ち上がりかけ、ぐらりと強烈な目眩を感じて、再び椅子にへたりこんだ。 ……なんだ?これ……お酒じゃない……違う……。これは……酔ってるんじゃなくて。……これって… 身体が鉛のように重たい。椅子になんとか座っているのがやっとで、瀧田の手から逃れたいのに、身動ぎひとつ出来ない。 「やめ……よるな……」 呂律の回らない雅紀の弱々しい拒絶を意にも介さず、瀧田は雅紀のすぐそばに屈みこむと 「どうしました?酔ってしまった?可哀想に、顔が真っ青だ。でも心配は要りませんよ。私がちゃんと介抱してさしあげますからね」 すらりと華奢な指からは想像できない強い力で、雅紀の腕を掴んで引き起こし、抱きすくめてくる。 「ぃやだ……や……はなせ…」 身体のだるさと、この自由のきかなさには覚えがある。おそらくカクテルの中に何か仕込まれて…。 「そろそろ次の宴だ。総。私はもう待ちくたびれたよ。」 「貴弘……。そちらに連れて行くまで待てと言ったでしょう?仕方のない人だ…」 話声が近づいたり遠ざかったりして聴こえて、ひどく不快だった。視界もゆらゆらと揺らめいて、目を開けていると目眩だけじゃなく吐き気までする。 ……だれ……?他に誰か……いる?……たか……ひろ……?……え……たかひろ? 確かめようと、落ちてゆく目蓋を必死に開いた。それが限界だった。唐突にブラックアウトして、雅紀の身体は、瀧田の腕の中にぐったりと沈みこんだ。 「社長っ。それじゃ話が違うでしょうがっ。神奈川の案件がきまりついてからってことだったじゃないですっ」 「あ~。でかい声で喚くなっ」 暁の大声に、事務の桜さんが、パソコンの脇から顔をのぞかせ 「新幹線のチケットは今日の最終よ。潔く諦めちゃいなさ~い」 「はぁ!?ちょっ、なんで今日?向こうの約束は明日でしょうがっ」 「日付は明日なんだがな、約束の時間が問題なんだよ。明日の朝イチの電車じゃ間に合わん」 「いやいやいや。間に合わん、じゃないっつーの」 「仕方ねーだろう。桐島さんがわざわざ、例の調査事務所に連絡取って、当時の担当者と話つけてくださったんだ」 「ちっ……余計なことしやがって…」 「ああ?何か言ったか?」 「いーえ。こっちの話です」 「とにかくこれは社長命令だ。出張費用は桐島さんがかなり上乗せしてくれたからな。いつものショボいビジホじゃなくて、温泉旅館でも構わねえぞ」 社長の言葉に、再び桜さんが顔をのぞかせた。 「え~~?ちょっと~いいわねぇ。東北の温泉っ♪社長っ。私も行きた~~い」 「ばーか。遊びに行くんじゃないんだよ。暁。そういうことだから、今日はもう帰っていいぞ。いったん帰って旅行の準備だ。2~3日は行きっぱなしになるからな」 「や。いやいやいや。ほんっとマジで無理。俺、今日は大事な約束が…」 「暁。デートならな、ちょ~っと先に伸ばしてもらえ。これはお仕事な。しかも俺はお前の恩人で、その恩人の俺が、これこの通りお願いしますって頭下げてんだ」 「ちっ……恩着せがましいっつの……しかも頭って、今下げたんだし…」 「ああ?何か言ったか?」 「何も言ってませんっ」 「んじゃあ、よろしく頼むぜ。なんでもその男、明日の朝の飛行機で海外に行くらしい。会って話聞いとかねえと、当分日本には戻らねえそうだからな」 社長の言葉に、暁は持っていたファイルを机の上に投げ出し、ため息をついて 「わっかりましたよっ。行けばいいんでしょ、行けばっ。桜さん。今日の俺の宿泊先、仙台の駅前で一番いいホテルで予約よろしく」 「は~い。……って、あら?温泉旅館じゃなくていいのぉ?」 「1人で温泉行ったって仕方ないでしょうが。」 「ふうん?彼女連れて行けば?」 暁はまじまじと桜さんの顔を見る。桜さんは意味ありげにニヤリとした。 「温泉、ね…」 ……あいつと温泉旅行か……。そりゃあなかなか魅力的なご提案だな……。や、いやいや、無理だろ。あいつ仕事あるもんなぁ……。でも週末だったら誘えるか? 「うわぁ……暁くん。君なんか変な妄想してるでしょ。顔がデレっデレ」

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