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番外編『愛すべき贈り物』130
「いや、ちげぇよ。あのな、里沙、実はさ」
「こいつにナンパされた。バーで飲んでて」
暁の説明を遮って、祥悟が口を挟む。里沙は暁の方を不思議そうに見て
「祥をナンパって。暁、あなた、男も大丈夫な人だった?」
暁は首を横に振ると
「いーや。俺はストレートだ。でもさ、祥悟くん見てみろよ。すこぶるつきの美女じゃん?だからうっかり騙されちまったんだよなぁ」
そう言って暁は気まずそうに笑った。里沙は唖然として暁を見つめてから、今度は祥悟に視線を移す。
「祥。あなた、どうして女装なんか……」
「こいつ、里沙の他にも手当り次第、女、ナンパしてる」
祥悟は無表情のまま呟いて、里沙の顔をじっと見つめた。里沙は暁をちらっと見て
「……そうね。知ってるわ」
平然と答える里沙に、祥悟は顔を歪めた。
暁の言ったことなんか、最初は到底信じられなかった。
ホテルを出てタクシーを拾い、このマンションに来るまでの間、祥悟は一言も喋らずに、隣の暁の様子をそっと観察していた。浮気が恋人の弟にバレたというのに、慌てている様子は全くない。多少居心地の悪い思いはしているのだろう。時折、祥悟と目が合うと、叱られた犬みたいな情けない表情で、へらっと笑ってみせはするが、それほど深刻そうな態度ではない。頭は悪そうに見えないこの男が、これだけ平然としていられるということは、恐らくセフレだという話は本当なのだろう。
最初のショックがおさまると、祥悟は何とも言えない脱力感に襲われた。
よく考えてみれば、別居してからの里沙のことを、自分は何も知らない。顔を合わせればにこやかに会話ぐらいするし、たまに一緒に食事や飲みに行くこともあったが、当たり障りのない話に終始して、特に恋愛系の話題はお互いに避けてきた。
自分がイメージしている里沙は、20歳までの彼女でしかない。一緒に暮らさなくなって、見えない壁が出来てしまってから、もう10年以上経っているのだ。里沙が男とどんな付き合いをしてるかなんて、自分が知るはずはなかった。
「知ってて付き合ってんの?この男と」
口は機械的に動いて、里沙に問いかけてしまう。でもその答えを、もう自分は知っている。そして、里沙の口からその答えを聞きたくはなかった。
里沙はすぐには答えず、慎重に暁の表情を確認してから
「暁から聞いたんでしょ?だったらその答えで間違いないわ」
「そいつの言葉なんかどうでもいいだろ。ちゃんと俺の質問に答えろよ、里沙」
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