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番外編『愛すべき贈り物』132
興味無さげにそっぽを向いていた祥悟が、少し驚いたように暁の顔を見た。
「記憶を?」
「そ。事故の時、現場に居合わせた親切なご夫婦に助けられてさ、今はその2人の息子ってことで、人並みの生活さしてもらってんの。だから、早瀬暁って名前も、実は借り物だ。探偵の仕事やりながらさ、あちこち廻って自分の過去探ししてんだけどな。それらしい捜索願とか見つかんねえし、ひょっとすると俺、天涯孤独なのかもな」
この話を聞くのは、里沙もどうやら初めてだったらしい。はっと息を飲み、隣の暁を気遣わしげに見つめている。
2人の反応に、暁は照れたように苦笑して
「だからさ、羨ましくて仕方ねえんだよ。俺のこと、クソ野郎って罵った時のおまえの顔。大切な姉貴の為に本気で怒ってる顔見ててさ。ああ、里沙のヤツ、愛されてんだなぁって。いい姉弟なんだなぁってさ」
しみじみと語る暁の言葉に、祥悟はバツが悪そうに里沙の顔をちらっと見た。暁はへらっと笑って首を竦め
「まあ、2人の仲違いの元凶作ってる俺が、言えたことじゃねえけどな」
「暁……」
今度は里沙が、暁の手をぎゅっと握った。
……やっぱ、こいつ訳ありか。
祥悟は苦笑する暁の顔を見ながら、思い返していた。
ホテルで一緒に過ごしていた時に、透けて見えていたこの男の脆さ。何かを痛切に求めていると思った祥悟の勘は、間違ってはいなかったのだ。
記憶喪失。ドラマや小説でしか知らないそれを、目の前の男は体験している。
自分の過去を失くすというのは、どんな感覚なのだろう。正直、想像もつかないが、やるせなく苦しいものなのだろうなとは思う。
『香織ん中入ってさ、やなこと全部忘れちまいたいよ』
妙に切実だった暁の声が、よみがえってきた。
もしかしたら、ここにいる3人は、似たもの同士なのかもしれない。誰か1人の人間と真っ直ぐ向き合うことも出来ずに、不毛な関係に逃げ込んでいる。
暁は、失くした自分の過去を求めてもがいている。
自分は、許されることのない姉への恋に苦しみもがいてる。
それならば、里沙は?
里沙はいったい何を求めて、もがいているのだろう。
「なぁ、里沙。おまえがセフレとして付き合ってるのってさ、この男、だけ?」
祥悟は努めて冷静に問いかけてみた。今まで、家を出て一人暮らしをしている里沙に、何となく不安は感じても、聞けなかったこと。この際全部、確認してみたい。
祥悟の質問に、里沙はちょっと視線を彷徨わせて、暁の方をちらっと見た。
「あ。怒ってないよ、俺。別に、答えたくないなら……」
「暁だけじゃ、ないわ」
祥悟の言葉を遮り、里沙がぽつんと呟く。
「そっか……。じゃあ里沙はさ、1人の人と真剣に付き合うのって、好きじゃねえの?」
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