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番外編『愛すべき贈り物』135
無表情の里沙の目から、零れ落ちる涙が見えた気がした。実際には、里沙は泣いてない。けれど、まるでガラス玉みたいに虚ろな里沙の目を見ていると、あの夜初めて見た涙以上に、心が締め付けられるように痛く切なくなった。
……そんな顔、すんなよな……。
ふいに、それまで2人の様子を見守っていた暁が、腕を伸ばして、隣の里沙の肩を引き寄せた。里沙は何の抵抗もなく、こてんと暁の身体に頭を預けて、ただぼんやりとしている。
目の前の2人の雰囲気がすごく自然で、祥悟は思わず目を逸らした。
こういう時、里沙にあんな風に寄り添えるのは、自分ではないのだ。自分には、たとえ一時しのぎでも、里沙の空虚を埋めてやる男の役割は出来ない。
里沙の心を縛る男。その哀しみを慰める男。どちらも、祥悟がどれだけそうありたいと望んでも叶わない。
……あーあ。なんか俺も、泣きたいよ……。
里沙がずっと前に告白して、そのままずっと引き摺っている恋の相手は、おそらく養父の橘だ。あの日、里沙は橘に自分の想いを打ち明けたのだろう。そして、橘はその想いには応えられないと言ったのか。
それはそうだろう。あの男は既婚者で、里沙の正式な養父だ。たとえ今の妻と別れることになったとしても、1度養子縁組した娘と結婚は出来ないのだ。
……不毛だよな。俺も、里沙も。
どうして2人とも、人並みに普通の幸せな恋すら、出来ないのだろう。
「じゃ、そろそろ俺、帰るわ」
祥悟は唐突に呟いて立ち上がった。ぼんやりしていた里沙が、はっとしたように顔をあげ、祥悟を見上げる。
「帰るって、今から? もうこんな時間よ。泊まっていけば……」
祥悟はちらっと暁の方を見て、首を竦め
「や。俺いたら、お邪魔じゃん? 里沙には今、そいつが必要なんだろ?」
暁は里沙から手を離すと
「いや。とりあえず今夜は俺も帰るよ。ここに泊まるのはルール違反だ。里沙、祥悟くんは俺が送ってくぜ」
そう言ってさっさと立ち上がる。
「そうしてくれる? ありがとう、暁。ごめんね」
勝手に決めて納得している2人に、祥悟は目をむいた。
「はぁ?バカじゃねーの。送っていくとか余計なお世話だし。女じゃないんだから1人で帰れるっての」
暁と里沙は、祥悟の全身をじと……っと見て
「祥……。あなたどこからどう見ても女の子よね……」
「はは。自覚ねえのな。その姿でこんな夜中に一人歩きなんてさ、襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ。いいから任せな。俺が責任持って送ってくよ。んじゃ、里沙。またな。ほれ、いいから来いって」
まだ抗議しようとしている祥悟の腕を掴んで、暁は里沙にウィンクすると、リビングから出た。玄関で里沙に見送られて、2人連れ立ってマンションを出る。
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