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彷徨う心。遠い月2
約束の時間の5分前に、暁は重い足取りで、指定されたカフェのドアを開けた。
酔いは残り、頭痛も酷い。気分はもちろん最悪だが、引き受けた仕事を投げ出して帰るわけにもいかない。
店の中を見渡すと、キョロキョロとあたりを見回している、落ち着きのない男がいた。他の客は皆、家族連れかカップルだ。こいつだろうとあたりをつけて近づいて行くと、こっちを見た男がひどく驚いた顔をした。
「石橋さんですか?私、田澤事務所の…」
「ああ……俺が石橋だ。あんたが……早瀬暁……か」
……いきなり呼び捨てかよ……。しかもあんたって。
内心ムッとしながら頷き、向かいに座ると、石橋はまじまじと暁の顔を見て
「驚いたな……。あんたが、調査員なのか?桐島秋音の行方を探してる?……桐島氏とは会ったのか?」
「……ああ。直接会って依頼を受けたのは俺だ」
石橋は目を丸くして、首を傾げ、しきりに何か考え込んでいたが、やがて
「そうか……あん時はまともなのが手に入らなかったからな。知らないのか……なるほどな」
訳の分からないことをぶつぶつ呟いて、一人納得している石橋の様子に、暁は眉をしかめ
「依頼人から、あんたに当時の話を聞けと指示を受けて、こっちはこんな朝っぱらから、わざわざ空港まで来てるんだ。時間がないんだろ?早く話を聞かせてくれないか。結局、桐島秋音の足取りは掴めなかったんだよな?」
「ああ……。そうだな。ただ、当時入手出来なかった対象者の写真が、調査終了後に偶然手に入ったんだ。調査内容に関しては、依頼人に報告した内容以上のことは何もない。今日はその写真だけ持ってきたんだ」
「写真……?桐島秋音の?」
「そうだ。当時は都倉秋音って名乗ってたけどな」
そう言いながら、石橋は何故かまた暁の顔をまじまじ見つめ、写真を出そうともしない。暁はイラっとして
「で?その写真は?」
「……ああ。これだ」
ようやく鞄から手帳を取り出し、
「多分、あんた驚くぜ」
そう言って手帳から抜きとった写真を、石橋は意味ありげな顔をしながら差し出した。暁は受け取り、
「俺が驚く?さっきからあんた、何わけ分かんないこと言っ……て……」
写真を見た瞬間、暁は絶句した。石橋は、その反応に満足そうに頷くと
「な?驚いただろ?」
暁は顔をあげ、石橋の顔を呆然と見つめると、再び手元の写真を食い入るように見つめた。
ドアが開き、瀧田が姿を見せると、ベッドの上でぼんやりと窓の外を見つめていた雅紀は、緊張に顔を強張らせて振り返った。
瀧田の後から、朝食の乗ったワゴンを押した給仕が、無言で一礼すると部屋に入ってくる。
「あとは私がするから、さがっていい」
テーブルに食事をセッティングした給仕にそう言うと、瀧田は雅紀の側までやってきて
「おいで、雅紀。朝食です」
薄気味悪い笑みを浮かべた瀧田が、両手を差し出してくる。雅紀は怯えた顔で瀧田を見上げた。
「どうしました?さあ、お手をどうぞ」
おずおずと出した手を掴まれ、ぐいっと抱き寄せられて、雅紀は思わず顔を背ける。瀧田はそのまま雅紀をベッドから降ろすと、抱えるようにしてテーブルまで連れていき、まず自分が椅子に座り、雅紀の腕を引っ張って膝の上に座らせ
「私が食べさせてあげましょうね」
そう言いながら、膝の上で竦み上がっている雅紀の前に腕を回し、寝間着の上から胸の尖りを指でさわさわと撫でた。
「や……ぃやだ…」
「ふうん。何が嫌?雅紀のお口は嘘つきですね。身体はこんなに素直なのに」
刺激にたちあがってきた乳首を弄りまわしながら、瀧田は含み笑いをもらし
「残さず食べましょうね。きちんと食べられたらご褒美です。でも、残したらお仕置きですから」
雅紀はそのどちらも断固拒否したい気分で、瀧田が甲斐甲斐しく運んでくる食事を、嫌々口に入れた。
仙台空港から、そのままアメリカへ飛ぶという石橋と別れて、電車で仙台駅に戻る間、暁は石橋から渡された写真を、穴の開くほど見つめていた。
どうやら隠し撮りされたらしいその男は、カメラの方を向いているのに目線はズレていて、ひどく無防備な表情をしていた。
「当時、都倉秋音と同じ会社に勤めていた、事務の女の子が持っていたんだ。都倉は写真を撮られるのが極端に嫌いだったらしくてな。親しくしていた元同僚や、学生時代の友人にあたっても、あん時はなかなか鮮明な顔写真が、入手出来なかったんだ」
石橋は気まずそうに、言い訳がましいことを言っていた。
だが、もし当時、顔写真が手に入っていたら、桐島が自分に会った時に、その点に触れてこないはずがない。
そして……もうひとつ。
俺は……雅紀にたった一言でいいから、聞いてみればよかったのだ。
『雅紀、初めて会った時、俺と見間違えた男ってさ、なんて名前?』
雅紀は間違いなく、こう答えただろう。
『都倉秋音さんです』
その写真の男は、暁にそっくりだった。
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