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彷徨う心。遠い月3
雅紀は食事の途中で、瀧田の手を掴んで顔を背けた。
ただでさえ、食が細くなっていたのに、望まない状況で、恐怖しか感じない相手に、無理やり口に入れられる食事を、受けつけられるはずがない。
「ごめん……なさ……も、むり……です」
瀧田はため息をついて、スプーンをテーブルに置くと、
「なるほど。そんなにお仕置きされたいのですか」
雅紀は震えながら首を横にふり
「ち……違う……ほんとに……もう……食べられないんです…」
「食べなければ痩せる一方です。……困りましたね」
瀧田のため息混じりの言葉に、雅紀は項垂れた。瀧田は雅紀の耳に唇を寄せて
「ねえ、雅紀、ちゃんと言うことを聞くのなら、私が貴弘の養子縁組の件を阻止してあげましょうか」
雅紀はハッと顔をあげて、瀧田を見つめた。
「嫌なのでしょう?君の想い人は早瀬暁ですからね。貴弘は、どうやら君のご両親まで金の力で説得して、強引に籍を入れてしまうつもりです。しかもご両親は乗り気のようだ。貴弘は君を一生縛り付けて、自分の家に閉じ込めてしまいたいらしい。一度手に入れたら、君を絶対に逃がさないでしょうね。それでもいいのですか?」
雅紀は言葉なく首を横にふる。瀧田は優しく微笑んで
「私ならば貴弘を止められます。彼には私に逆らえない事情がありますからね。だから今は大人しく言うことを聞いて、全て私に任せなさい」
雅紀は瀧田から目を逸らし、しばらく悩んでいたが、やがて瀧田を見つめ
「暁さんには絶対、酷いことをしないで欲しいんです。俺の願いは……それだけです……」
瀧田は苦笑して
「自分の身の心配より、彼のことが優先ですか……。そんなに早瀬暁のことが好き?……いいでしょう。君がここにいる間、私の理想の可愛いお人形さんになってくれるなら、貴弘が早瀬暁に余計な手出しをしないように、手を回してあげましょう。もちろん養子縁組の件も、白紙にしてあげます」
「暁さんのこと……約束……してくれますか?」
「条件をのめば、私は君の味方です。まあ、信じるか否かは、君の自由ですがね」
うっすら笑みを浮かべた瀧田に、雅紀は唇を噛みしめ
「お願いします。俺、ちゃんと言うこと聞きますから。だから……彼を守ってください…」
涙声で頭をさげた雅紀の、顎をつかんで上を向かせると
「分かりました。では、これは誓約のキスです」
そう囁いて、雅紀の唇に自分の唇をそっと重ねた。
仙台駅に着くと、暁はいったんホテルに戻った。朝の8時に仙台空港で待ち合わせだったせいで、シャワーを浴びただけで、朝食もとっていない。
もう昼近い。とりあえず昼食をとってから、石橋が教えてくれた、都倉秋音の学生時代の友人と元会社の同僚を、訪ねてみることにした。
雅紀のことがあるから、正直、食欲はまったくないが、都倉秋音が自分にそっくりで、本当に雅紀の知り合いならば、暁にはどうしても調べたいことがある。
2日酔いの上、空腹では、動きたくても動けない。
ホテルから出て、通りをぶらぶらと歩く。スマホのマップで目的地近くまで行き、目についたカフェに入って喫煙席に座った。店員にコーヒーとサンドイッチを注文すると、暁はポケットから煙草を取り出した。マッチを擦って、くわえた煙草に火をつける。
都倉秋音の元勤め先はこの近くだ。サンドイッチを腹に詰め込んだら、まずはそっちをあたってみよう。
数年前の情報だから、同僚がまだその勤め先で働いているかは分からないが、手掛かりが極端に少ない以上、そこから辿ってみるしかない。
12時を回ると、昼休みなのだろう、会社員やOLの客が増えてきた。
店の奥の席で、注文の品を待ちながら煙草をふかしていると、2人連れの会社員が喫煙席のドアを開けた。暁の斜め前の席に案内されて、座りかけた男の1人がふとこちらを見て、ちょっと目を見張った。
「あれ……?ひょっとして……都倉……か……?」
自信なさげに声をかけてきた男に、暁は曖昧に微笑み
「都倉……秋音」
そう答えると、男は途端に人懐っこい笑顔を浮かべ
「やっぱりお前かっ、都倉。おいおい、何年ぶりだ?急に行方不明になってさ、心配したんだぞ。お前、ケイタイも繋がらなくなっちっちゃったしさ」
男は連れに断って、暁の向かいに腰を降ろすと、
「達哉がな、お前のこと、随分心配してたんだぜ。こっちに戻ってきたんなら、一度連絡してやれよ」
「達哉……。坂本……達哉?」
「そうそう、あいつ、こないだ結婚してさ、披露宴でちょうどお前の話になったんだよ。それにしても懐かしいなぁ。ちょっと老けたけど、雰囲気全然変わらないのな、お前」
坂本達哉は、石橋が教えてくれた都倉秋音の友人の名前だ。目の前の男は、その坂本と都倉の共通の友人らしい。
暁は吸いかけの煙草を灰皿で消すと、表情を引き締め、身を乗り出し
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。今、時間、いいか?」
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