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番外編『愛すべき贈り物』137
里沙に相手の名前を言わせたいのか、聞きたくないのか。
自分の恋を引き伸ばしたいのか、もう引導を渡してしまいたいのか。
結局は宙ぶらりんのまま、進むことも戻ることも出来ない。
大通りに出て、流しのタクシーを拾うと、暁は祥悟に乗るように促した。続いて乗り込んでくると思ったのに、暁はそのままニカッと笑って
「寄り道しねえで、真っ直ぐ家帰って寝ろよ。おやすみ、祥悟くん」
そう言って手を振った。締まりそうになるドアを、祥悟は慌てて押さえて
「愚痴、聞くんじゃないのかよ。一緒に乗れば?」
暁は虚をつかれたような顔になり
「いいのか? 乗っても」
「別に? ここまで付き合ったんだろ。最後まで責任持って送れよな」
ぷいっとそっぽを向く祥悟に、暁は思わず頬をゆるめて
「んじゃ、お邪魔するぜ」
いそいそと乗り込んでくる暁に、祥悟はそっぽを向いたまま奥につめた。
愚痴を聞いてやると言っていたのに、祥悟のマンションの部屋に来ても、暁は特に問い質すことはせず、祥悟も自分から話し出したりはしなかった。
シャワーを浴びて化粧も落として、普段の姿に戻った祥悟を、暁は感心したようにまじまじと見つめていたが
「どう? 俺と寝てみる?」
祥悟がわざと揶揄うように誘うと、暁は苦笑して
「いや。わりぃな。やっぱ俺、男は無理だ」
予想していた返事だったから、祥悟も首を竦めてそれ以上は誘わず、そのまま同じベッドで何もせずに2人で眠りについた。
翌朝、祥悟が目を覚ますと、暁は既に起き出していて、二日酔い気味でぼーっとしている祥悟に
「俺、そろそろ帰るわ。泊めてもらってありがとな。俺の電話番号、ここに置いとくから、また何かあったら遠慮なく連絡くれよ」
そう言って笑うと、あっさりと帰って行った。
祥悟とのことがあった後も、里沙は暁と、月に2~3回は会っていたようだった。祥悟はもうそのことに干渉はしなかった。そんな不毛な関係を、快く思っていたわけではないが、暁の人柄に触れてみて、毒も危険もない男だと分かった。祥悟自身も、余計なことには触れようとせずに、黙って気持ちを悟ってくれた暁の存在に、たしかに癒しを感じていたから、そのまま黙認することにした。
こうして何も決定的なことは起こらないまま、ただ月日を重ねて来たのだ。今さら、この状態に何も変化は望まない。
祥悟がそんな諦めの境地にいた時、突然、橘から呼び出しを受けた。
家を出てから、橘とはなるべく関わらないようにしていた。もちろん、仕事に関しては以前と変わらない。与えられた仕事は、祥悟なりに誠意を持ってこなしてきたつもりだ。
……大事な話って何だよ。悪い予感しかしないけど。
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