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番外編『愛すべき贈り物』138

久しぶりに訪ねた橘の家には、懐かしいという感慨は少しも湧かなかった。ただ、以前よりも家の中が閑散としていて、静かすぎるのが気になった。 「ああ。悪いね、突然呼び出して」 橘は祥悟が書斎に入ると、少し疲れたような顔で笑って、手招きした。 「大事な話って何ですか‍?」 この男と、仕事以外の世間話なんかをしたいとは思わない。とっとと済ませたくて、祥悟はすぐに切り出した。 橘はちょっと目を見張り、薄く微笑むと 「相変わらずせっかちだな。まあ、座りなさい」 祥悟は首を竦めて、橘の向かい側に腰をおろした。 「ちょっと家の中がゴタゴタしていてね。何か飲むなら……」 「いえ。お構いなく。それより本題をどうぞ。俺、最近は別に問題起こしてませんよね。改まって大事な話なんて言われると、気になるんですけど」 「ああ。今日の話は仕事絡みではないよ。私のごくプライベートなことだ。噂は……聞いているかな‍?」 探るような橘の表情に、祥悟は眉を顰めた。 「噂って‍?」 「私の妻のことだよ」 「いえ。俺は何も聞いてませんけど」 「……そうか」 橘はため息をついて、両手を組むと 「彼女は今、娘たちを連れて実家に帰っている。おそらくもうここへは戻って来ないだろう」 祥悟は驚いて目を見開いた。橘は苦い顔で頷いて 「君がここを出て行った10年の間に、まあ、いろいろあったのだよ。話せば長くなるがね。それは追々説明するが、結論から言うと、彼女とは今、離婚協議中だ」 祥悟は何と言っていいのか分からず、橘の顔を見つめた。 橘の妻は、たしか自分より10歳ぐらい上の女性だ。自分は橘の正式な養子ではないから直接関係ないが、里沙にとっては養母でもある。とは言っても歳が近すぎるせいか、母親というイメージは最初からなかった。同じ家で過ごしていた時も、祥悟たちとは別棟に住んでいて、顔を合わせることも殆どなかった。橘との間には、まだ幼い双子の娘がいたはずだ。 「娘が生まれた5年前から、彼女は実家に帰ることが多くなってね。ここ2年ほどは、ほぼ別居状態だったのだよ。まあ、私の不徳の致すところなんだが」 淡々と語る橘の顔を、祥悟は探るように見つめていた。離婚の話をする為に、橘は自分をわざわざここに呼んだのか? ……いや。多分そうじゃない。この話にはまだ続きがあって、きっとそっちが本題だ。 ……嫌な予感、的中じゃねーの‍? 顔をあげた橘と目が合った。 ああ。やっぱり嫌な感じだ。これ以上、この男の話を、自分は聞くべきじゃない気がする。 祥悟はふいっと目を逸らすと 「話はそれだけですか?悪いけど俺、ちょっと用事思い出したんで……」 そう言って腰を浮かしかけた祥悟に、橘は畳み掛ける。 「いや。君に大事な話というのは、ここからだよ。いいから座って聞いてくれ」

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