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番外編『愛すべき贈り物』140
里沙があの家を突然出たのは、たしか5年前だった。
気になって新居を訪ねた時、里沙は見たこともないくらい、疲れたような物憂げな顔をしていた。急に家を出た理由についても、言葉を濁すばかりで何も答えなかった。
以前と全然雰囲気の違う里沙の様子に、問い質すのがちょっと怖くて、そのままにしてしまったが、あの時、無理にでも聞き出すべきだったのかもしれない。
でも、今更だ。本当はいろいろと不安や疑問を感じていたのに、真実に触れるのが怖くて、いつも逃げてきた。パンドラの箱を開けてしまって、知りたくない事実に直面するのが怖くて。
……俺……いったい何やってんだろうな……。臆病過ぎるだろ。
ずっと隠し続けてきた里沙への恋心。きっとそれが負い目になっていたのだ。自分の心に目を背ける為に、見なければいけないものまで、見過ごしてきた。
「ちくしょうっ」
祥悟は舌打ちすると、ふらふらと歩き出した。
「珍しいね。君が訪ねて来るなんて」
ドアを開けるなり、ふらつきながら顔を覗かせた祥悟に、智也が目を丸くする。
祥悟はドアにもたれかかりながら、ちろっと智也の顔を見上げ
「邪魔なら、帰るけど」
智也は微笑んだ。
「まさか。入って」
祥悟はよろけながら玄関に入ると、そのまま座り込みかけた。智也が腕を掴んで引き上げる。
「だいぶ飲んだね。何かあった?」
「別に」
祥悟は智也から顔を背けたまま、彼の手を振りほどくと、靴を脱いで上にあがり、ふらついて壁に手をつきながら、リビングではなく寝室に向かう。智也は黙って後に続いた。
寝室のドアを開け、祥悟が無事にベッドに腰をおろすと、
「水、持ってくる」
智也はそう言って、いったん部屋を出て行った。祥悟はベッドの上でため息をつき、顔を両手で覆った。
結局、里沙の所へは行けなかった。夜の街に繰り出して、馴染みの店でしたたか飲んだ後、ちょっかいをかけてくる顔見知りたちを適当にあしらって、タクシーに乗った。
店の喧騒がうっとおしくなって出たが、自分のマンションにはまだ帰りたくない。
一瞬、早瀬暁の顔が浮かんだ。でも、あの男は里沙のオトコだ。今は里沙に繋がる相手には会いたくなかった。次に浮かんだのが智也の顔だ。スマホで電話をかけようと思ったが、億劫になって、そのまま運転手に行き先を告げた。アポなしで押し掛けてみて智也が不在なら、もう大人しく自宅へ帰ろう。
投げやりな気分で訪ねてみたら、智也は在宅だった。
顔を見たら、ほっとしてなんだかどっと疲れた。
空回りして迷走し続ける自分が、ほとほと嫌になる。
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