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夢見月5
仙台駅のホームで、東京行の次の新幹線を待つ間、暁は小野寺に教えてもらった坂本達哉の番号に電話をかけ、突然のキャンセルを詫びた。
坂本はとても落ち着いた話し方をする男で、暁のドタキャンにも怒る様子もなく、会えなかったのは残念だが、用事を済ませたらまた仙台に来て欲しい、会って話がしたいと言ってくれた。
暁は次に事務所に電話して、ホテルに置いてきた荷物とホテル代の精算の件を桜さんに頼んだ。
雅紀の状況を考えると、いてもたってもいられないが、暁がホームに着いた時には、18:30の新幹線は出たばかりだった。次の18:44発のやまびこより、18:57発のこまちの方が、向こうに着くのが早い。1分でも1秒でも早く帰りたい暁としては、どれほど焦っても苛立っても、それを待つしかないのだ。
考えれば考えるほど、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。雅紀はあれほど自分のことが好きだと言ってくれていたじゃないか。全身で好きだと示していてくれていたではないか。
あんな情のない残酷なメッセージで、別れを告げてくるはずなどなかったのだ。
「……っくそ……っ。俺の頭はどこまでポンコツだよっ」
桐島の存在と雅紀のことが結びつかなかったのは、雅紀のメッセージの内容を事実だと認めたくなかった、自分自身の心の問題だ。
ヒントはあちこちにあったのだ。
雅紀と、もっと話をするべきだった。
うじうじ悩んでないで、桐島とどんな関係なのかと、雅紀に直接聞いてみるべきだったのだ。
ストーカーのことだって、遠慮してないで聞いていれば、勝手に女のストーカーだと思い込むようなバカはしなかった。
赤い薔薇の贈り物……気障で傲慢そうな桐島が、いかにもやりそうなことじゃないか。
雅紀は瀧田の別荘に囚われている。そして瀧田は桐島と繋がっている。スマホが繋がらないのは、きっと取り上げられているからだ。暁にきたラインのメッセージは、強要されたか、もしかしたら勝手に送られたものなのかもしれない。
田澤社長は今、瀧田の別荘の場所を探し、瀧田と桐島の繋がりを探ってくれている。暁に今出来ることは、新幹線に乗って、一刻も早く向こうに帰る、それだけだ。
……雅紀。待っててくれ。絶対におまえを見つけ出す。廃人になんてされてたまるかよっ
暁はぎりぎりと拳を握りしめた。
瀧田はふらふらと足元の覚束ない雅紀を、また浴室に連れて行くと、身体中を綺麗に磨きあげ、部屋に連れ戻し
「さ。可愛いお洋服に着替えましょうね。今度はこれです。色の白い君にはよく似合うはずですよ」
抵抗する気力も体力もない雅紀に、嬉々として黒いレースの下着を穿かせ、ストッキングとガーターベルトをつけさせて、黒の革のビスチェドレスを身につけさせた。
「うーん。やっぱり君は少し細過ぎますね。貴弘から聞いていたサイズでは大きかったな……。いいでしょう。明日、寸法を採らせて君にピッタリのオーダーメイドの衣装を作らせましょうね」
ビスチェの革紐を調節して、身体の線に合わせてぎゅっと絞り結び直すと、瀧田はやや不満顔でそう言って、雅紀を鏡の前のソファーに座らせた。
まっすぐ座っているのがやっとで、俯いている雅紀の顔を、後ろから掴んで上を向かせ
「ほら。見て。綺麗ですよ、とっても」
雅紀は促され、重い瞼を開けた。見たくはない現実が、鏡にはありのまま映し出されていた。
「ドレスに合う靴も何足か揃えましょうね。それと、これは今日届けさせたものです」
雅紀の首を細い指で撫でると、瀧田は箱から取り出した革製の首輪をあててみて、
「ああ。思った通りだ。このデザインの方がよく似合います」
満足そうに微笑んで、雅紀の首にそれをつけた。箱から同じデザインの腕輪も出して、雅紀の両手首にはめてベルトを締める。
「これはね、両手を後ろで繋いで、さらに首輪と鎖で繋ぐことも出来るんですよ。ご主人様に服従する可愛い姿が見れますね」
何がおかしいのか、そう言ってくすくす笑う瀧田は、多分狂っている。薬の作り出す幻影は消え、正気を取り戻した雅紀には、瀧田の姿は恐怖でしかない。
「さて。それでは雅紀。足を開いて、かかとをソファーに乗せてください。夕食の前に、君の恥ずかしい姿を撮っておきましょうね」
雅紀は顔を歪め、鏡の中の瀧田に、いやいやをするように弱々しく首を振ってみせた。瀧田は途端に不機嫌な顔になり
「逆らってはいけませんよ。君は私の可愛いお人形さんになると約束したでしょう?…それとも…あの誓約は嘘ですか?早瀬暁がどうなっても構わないの?」
雅紀は開きかけた口を閉じ、拒絶の言葉を飲み込んだ。暁の名前を出されたら、自分に拒否権などない。
雅紀は震えるような吐息をもらし、覚悟を決めて、足をそろそろと開いた。
ようやくホームに滑り込んできた新幹線に乗り込んだ。
次にここに来る時には、雅紀も一緒に連れてくる。
遠ざかるホームを見つめながら、暁はそう心に誓っていた。
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