601 / 605
番外編『愛すべき贈り物』150
呑気にうきうきしている里沙の顔を見て、祥悟はちょっと脱力した。昔からこの姉は、世間知らずと言うか、感覚がちょっとズレているというか、無邪気というか……つまり天然なのだ。
まあ、そういう部分も愛おしかったりはするのだが……。
……って、ダメじゃん、俺。早瀬のことでむきになってる場合じゃないし。今日聞きたいのはそっちじゃないだろ。
祥悟は溜め息をつくと、脱線しかけた話を本題に戻した。
「じゃあさ。里沙は最近、あいつ以外の男とは会ったりしてるわけ?」
祥悟の言葉に、里沙は現実に引き戻されたような顔になり
「……ううん。最近はそういうの、全然ないわよ。なんか……虚しくなっちゃって」
里沙はグラスを両手で包み込むように持った。
「ああいうのって、いっとき寂しさは紛れてもね、家に帰って独りになると、もっと虚しくなるのね」
「まあね。ちなみに……例の既婚者とは、会ったりしてんの?」
「え。うーん……。プライベートでは会ってないわ。仕事上の付き合いはあるから、顔は合わせてるけど。でも、それだけ」
薄く微笑んで手元のグラスを見つめる里沙の表情には、演技とは到底思えない諦めに似た哀しみが滲んでいた。
この姉が、橘と不倫していて、平然と自分に嘘をついているとはどうしても思えない。
……これ、演技なら、里沙はモデルやめて女優になれるレベルじゃん。やっぱどう考えても、あの男の一方的な思い込みって感じなんだよなぁ。
あの時は一気に頭に血がのぼってしまって、橘の話をろくすっぽ聞きもしないで帰ってきてしまった。でも、そもそもが周囲に祝福されるはずのない後ろ暗い関係を、いくら弟とはいえ自分に告げて、あの男はいったい何をしたかったのだろう。
祥悟が腑に落ちない気分で、つまみの唐揚げを齧っていると、顔をあげた里沙が
「私のことより、あなたは最近どうなの?」
「は?」
物思いに耽っていた祥悟は、思わずきょとんと里沙を見た。里沙は首を傾げて
「うちの事務所の玲衣奈ちゃん、嘆いてたわよ。祥が他の事務所の新人モデルと自分を二股かけてるって」
里沙の思わぬツッコミに祥悟は顔を顰め
「はぁ?なにそれ。全然濡れ衣だし。玲衣奈にはカレシいるじゃん。俺とは完全遊びだろ」
里沙は祥悟をじとっと睨んで
「ほんと?またあちこちつまみ食いしてるんじゃないの?前にも別の子で、ちょっと大きな騒ぎになったことあったわよね。あんまり罪作りなことしてると、そのうち刺されるわよ」
祥悟は首を竦めて
「そんなドジしないっての。だいたい、俺はどの子にもマジで付き合うなんて言ってねえし。あっちが勝手に熱上げて、勘違いしちゃうだけじゃん」
不貞腐れる祥悟に、里沙は呆れたように溜め息をつき
「もう……。私のことあれこれ気にしてる場合じゃないわね。祥。あなたもそろそろ本気で好きな人見つけて、じっくりお付き合いしてみれば?」
ちょっと姉貴ぶってお説教を始めた里沙の顔から、祥悟はぷいっと目を逸らした。
……里沙……。おまえがそれ、言うなってーの。俺が今までどんな思いで……。
他の誰かを本気で好きになれるなら、もうとっくの昔にそうしてる。一時は里沙のことを忘れたくて、必死に他の女に目を向けてみた時期もあるのだ。
それでも。
どうしてもダメだった。
この心を占める女はただ1人。どんなに苦しくても虚しくても、自分が愛してるのは里沙だけなのだ。
「ま、そのうちな。俺に本命が出来たら、真っ先に里沙に紹介するよ」
祥悟はしくしくと痛み続ける自分の心に蓋をして、里沙ににやっと笑ってみせた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!




