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番外編『愛すべき贈り物』154

里沙が顔をあげて、こちらを見た。目の端に不安そうな里沙の顔が映る。 「……したわ。でも……随分、昔のこと、よ」 「うん。知ってる。おまえがあいつの部屋から出てきて、泣いてんの、俺見たから」 里沙の目が驚きに見開かれた。 「……知ってたの‍?祥」 「まあね。おまえ、その後も、割と顔や態度に出てたしさ。ばればれ」 重たい雰囲気を払拭しようと、祥悟はちょっと軽い口調で言って、里沙の顔を見てにやっとした。里沙はぱちぱちと瞬きしてから、バツが悪そうに苦笑して 「そう……。私、そんなに顔に出てたの」 「ま、他の奴が気づいてたかは知らないけどさ、俺は里沙のこと、よく見てたからね」 里沙は両手で頬を覆うと 「ダメね、私。そんな前から祥のこと、心配させてたんだ」 「あいつには、振られた‍?」 里沙はこくんと頷くと 「うん。だって、奥さんいたもの。私が好きだって言ったら、ありがとう、でも他にもっと素敵な人を見つけなさいって」 ……へえ、あの野郎、割とまともなこと言ってんじゃん。今は全然、まともじゃねえけどな。 「でも、忘れられねえの‍?あいつのこと」 「うん。前にも言ったけど……どうしても、好きで。他の人、見つけようとしたけど、どうしてもダメだった」 ……分かるよ。里沙。俺だって同じだ。理屈じゃないんだよな。好きって気持ちはさ。 「今でも好きか‍?あいつ以外、考えられねえの?」 何か言う度、胸の奥に仕舞い込んだ傷口がしくしくと痛む。でももう、目を背けるのは終わりにしなくちゃな。 里沙はちょっと首を傾げて考えてから 「今は……前ほど好きじゃないわ。彼……昔と変わったから」 予想していたのと違う答えに、祥悟ははっとして里沙を見つめた。目が合うと里沙はバツが悪そうに苦笑して 「彼、奥さんと上手くいってないみたい。ちょっと前に食事に誘われて、いろいろ話を聞いたの。仕事以外で会ってなかったから、ほんとに久しぶりに彼を間近で見たわ。プライベートな話をするのもね。彼、なんだかすごく老け込んでて、話し方も強引で冷たい気がしたの」 祥悟にとっては、昔から橘は、傲慢な冷たい自信家という印象だったが、恋に目が眩んでいた里沙にも、あの男の本性が見えてきたということだろうか。 それなら……希望はある。里沙の心をあの男から引き離す為の希望が。 祥悟はドキドキする心を抑え込み、平静を装った。 ……焦るなよ、俺。ここで余計なこと言ったら、里沙はまた遠くなる。 「強引って‍?何かやなこと言われた?」

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