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番外編『愛すべき贈り物』160
祥悟は内心ため息をついた。自分が橘に独立を申し出たことに、そんな怪しげな裏取引など存在しない。他のモデルどころか、里沙にだって、自分の独立の話はしていないのだ。
ただ、フリーになった後の身の処し方を巡っては、かなり前から何人かに声をかけられてはいた。中には今の事務所より大手のプロダクションや、破格の条件の引き抜き話もあった。祥悟自身は自分の商品価値に限界を感じているから、どの話も曖昧に返事は濁してきているが……。
祥悟は勝ち誇ったような橘の顔を、ちょっと白けた気分で見上げた。こんな傲慢でいけ好かない野郎のどこを、里沙は好きになったのだろう。
「何の話してんのか、俺にはさっぱりなんだけど?でもさ、別にいいぜ。じゃあ独立の件はなしにするよ。独立じゃなくて引退でどう?俺、正直この業界にもう未練ないんだよね。キレイさっぱり足洗ってさ、好きなことやりたいって思ってんの」
急に気が抜けたような祥悟の態度に、橘が探るような顔になる。
「祥悟くん、詭弁はやめなさい。誰がそんな話を信じると思うかね?」
祥悟ははぁぁぁっと大きなため息をつくと
「じゃあどうすりゃいいのさ?あんた、俺にどうしろって言ってんの?」
橘はふっと表情を和らげて
「独立も引退もしない。君は今まで通り、うちの事務所に所属していてもらう。ただし、今までのような待遇はなしだ。表舞台からは身を引いて、今後は裏方に回ってもらう」
「社長、それは、ちょっと」
堪りかねたように、渡会が間に入った。祥悟は橘と渡会の顔を見比べた。
……要するに、俺は飼い殺しってわけか。でもそんなあからさまなこと、他の人間の前で言っちゃっていいわけ?こいつ、そろそろ耄碌してきてんのか。
なんだかアホらしくなってきて、祥悟はちらっと暁の方を見た。暁も少し呆気に取られた様子で、祥悟と目が合うと小さく首を横に振った。
「そんな条件、俺が受け入れると思ってんの?俺があんたの事務所辞めて、他の仕事始めるのはさ、俺の自由なんだぜ?」
呆れた口調で苦笑する祥悟に、橘は余裕の笑みを浮かべて
「君は受け入れるさ。君がこの世で一番愛している女性の為にね」
橘の勝ち誇ったような表情と、妙に含みのある言葉に、祥吾は唇を噛み締め、暁は眉を顰めた。
室内に嫌な雰囲気の沈黙が流れる。やがて、何か言おうとした暁よりも先に、祥悟が口を開いた。
「どういう意味だよ、それ」
「意味? 別に意味なんてないな。言葉通りだ。君は黙って私の言うことを聞き入れるしかない。彼女の未来を台無しにしたくないだろう?」
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