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番外編『愛すべき贈り物』163
だいたい、何の証拠があって、あんな馬鹿げたことを言い出したのか、さっぱり分からないのだ。
自分が姉の里沙に、もうずっと許されない恋心を抱いているのは事実だ。でも断じて、里沙に手を出したりはしていない。
橘は、証人は私の妻だと言った。あの、ほとんど顔を合わせたこともない橘の奥さんが、何故そんなことを橘に吹き込む? ……本当にさっぱり分からない。
「さっきから黙って聞いてりゃ、調子に乗りやがって。あんた、よくもそんな根も葉もねえこと、口に出せるよな」
さっきより、声は低くなったが、暁の口調が一変している。この男とは、なんだかんだで結構長い付き合いになっているが、いつもへらへらとお調子者風の暁が、怒るとこんなに雰囲気が変わるなんて……知らなかった。
「ね、根も葉もない事ではない。というか、なんなのだ、君は。いきなり……失礼だろう」
「失礼なのはあんただろ。俺の大事な友人2人を、貶めるようなこと言いやがって。謝れよ。祥悟にきちんと謝りやがれ」
腕を掴まれていたのは自分の方だったはずなのに、いつのまにか逆になっている。
「ちょっと、暁くん、あのさ」
「その話、里沙にもちゃんと裏取ってやがんのか? 違うよな? 里沙がんなこと認めるはずねえんだ。あんたの奥さんとやらが証人だ? んじゃ、今すぐここに連れて来いよ。どんな証拠があって、そんな嘘あんたに吹き込んでんだか、俺がきっちり聞き出してやるよ」
「ね、ちょっと暁くん、落ち着こうよ。そこ、怒るのは君じゃなくて」
腕を掴んで揺する祥悟を、暁は物凄い形相で睨み付けた。
「んなもん、落ち着いてられるかよっ。おまえと里沙、信じらんねえこと言われて侮辱されたんだぜ! 俺の大切な親友2人をだ。っつーか、なんでおまえは怒んねえんだよっ」
……いや。怒んないんじゃなくて。もちろん怒ってるけどさ。君の怒りが凄すぎて、毒気抜かれちゃったっていうか……。
「ねえ、雅紀くん。私、やっぱり祥の所に戻るわ」
暁の泊まっている部屋に連れてきても、そわそわと落ち着かない様子でいた里沙が、とうとうそう呟いてソファーから立ち上がった。
「あの子、きっとお義父さまと言い争いになってるわ。ううん、酷いこと言われて傷ついてるかもしれない」
青い顔をしてちょっと泣きそうな声の里沙の言葉に、雅紀はそっと首を傾げた。
里沙が気を揉む気持ちは分かる。自分だって蚊帳の外に置かれて、祥悟や暁のことが心配だった。
……でも……。あの祥悟さんが、お義父さんに一方的に酷いこと言われて傷ついちゃうって……ちょっと想像出来ないし……。
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