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番外編『愛すべき贈り物』168
「そう……そんなことがあったんですか……」
「ええ。祥はお義父さまと反りが合わなかったけど、私はお義母さまがダメだったの。あの人は、私のことが嫌いだったのね。最初から、私を養女にすることも、反対だったらしいの。橘の家に暮らし始めて3ヶ月ぐらい経った時、私だけ呼び出されて言われたわ。お義父さまにどうやって取り入ったんだ?って。誘惑するなって忠告もされたわ」
躊躇いながら話し始めた里沙は、疲れたような表情で笑った。雅紀はきゅっと眉を顰め
「……酷いな。まだ14歳だったんですよね?里沙さん」
里沙は首を竦めて
「そうね。あの頃は子どもだったから、何を言われてるのか分からなかったわ。今なら……あの人の気持ちも、少しはわかるけど」
少し謎めいた里沙の微笑みに、雅紀はそっと目を伏せた。
施設育ちで橘の養女になって、人よりずっといろいろ苦労しているのだろう。華やかな世界に生き、普段はまったくそんな素振りを見せない里沙の、心に秘めた哀しみがちょっとだけ透けて見えた気がした。
「でも……どうして橘さんが、里沙さんにそんなこと聞いたりするんだろう。お義母さんとは上手くいってなくても、橘さんとは大丈夫だったんですよね、里沙さんは」
里沙はため息をついて首を横に振り
「わからないわ。私にも何が何だかさっぱり。私が祥と変な関係に、なんて……そんなことあるわけないのに……」
「うん。きっと何か変な誤解しちゃってるんですね。どうしてそんなことになっちゃったのか、一度きちんと橘さんとお話してみないとダメかも」
里沙は頷くと、もう1度深いため息をつくと、立ち上がった。
「そうね。やっぱり私、祥の所へ行くわ。お義父さま、きっと誤解したまま、祥にも酷いこと言ったりしてるもの。止めさせないと」
雅紀はちょっと考えてから
「……うん。里沙さん抜きで話してたら、いつまでも誤解、解けないままかもしれない」
里沙はにっこり頷くと、ドアに向かった。雅紀も慌てて後に続く。
2人がエレベーターの前まで来た時、不意に里沙のスマホが着信を告げた。里沙が慌てて電話に出ると
『……あ、里沙? おまえ、雅紀くんと一緒だよね? 部屋ん中?』
ちょっと焦ったような祥悟の声に、里沙はスマホを手で押さえ、雅紀を振り返って小声で告げた。
「祥からだわ」
雅紀ははっとして里沙に駆け寄る。
「もしもし?祥?どうしたの?私、今、雅紀くんとそっちに向かってるわ。…………え?どうして?私にも関係のあることだわ。どうして私がそっちに行っちゃいけないのよ。…………分かったわ。今代わる」
里沙は腑に落ちないような顔で、雅紀にスマホを渡した。受け取った雅紀の耳に、祥悟の上擦った声が響いた。
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