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番外編『愛すべき贈り物』172

「ちょっ……待てよ、里沙。なんで、もっと早く、言わなかったんだよ。どうして俺に、相談してくれなかった?」 祥悟が悲鳴のような声をあげる。里沙は両手をぎゅっと握り締めて 「私が……我慢すればいいかなって、思ってた。我が儘言って、祥まで一緒に連れて来ちゃったし、あそこ出たら、行くとこなかったでしょ?だから」 「何言ってんのさ!そんなの、我慢なんかすることねーじゃんっ。あいつ、橘は、そのこと知って……」 「祥」 興奮して大声になる祥悟を、暁が鋭く遮った。祥悟ははっとして青ざめている里沙を見て口を噤む。 「里沙は言えなかったんだ。分かるだろ? 里沙の性格、おまえが一番よく知ってんだろ?」 ……里沙の性格……。分かってるさ。そんなの俺が一番よく分かってる。 優しくて面倒見がよくてしっかり者の姉貴。 父が母を刺して自殺して、身寄りのない状態で施設に入れられた時も、誰よりも心細かっただろうに、弟の俺のことばかり心配してくれた。 ーあの時、生徒会の用事があった姉を置いて、先に1人で小学校から帰ってきた祥悟は、両親の凄惨な心中現場を目の当たりにしてしまったのだ。その後しばらく、祥悟は一時的に失語症になっていた。あまりにも悲惨な場面が繰り返し蘇ってきて、ショック状態からなかなか抜け出せずにいた。 里沙は先に祥悟を家に帰してしまったことを酷く後悔していて、物言えぬ弟を周りの干渉から必死に守ってくれた。 自分だって相当、ショックを受けていたはずなのに。 ……優しくて強くて、俺の精神(こころ)を守ってくれた、俺の世界の全てだった里沙。 どうして俺は、いつも守られてばかりで、この姉の哀しみに気づいてやることも出来ないのだろう。世界中の誰よりも大切な人なのに。なんて不甲斐ない弟なんだろう。 橘の家に来てから、里沙はいつも幸せそうに笑っていたから、分からなかった。苦労してきた姉が、ようやくほっと安心出来る場所を見つけた。その場所をまた失ってしまわないように、邪魔しないように、そんなことばかり気にして、里沙が苦しんでいることに気づけなかったなんて……。 「ごめん……大声出して。ごめん、里沙。俺、全然気づかなくて……ごめん」 キーンと頭の奥で音がして、自分の声がどこか遠くから聞こえる気がする。 「ううん。謝らないで、祥。私がいけなかったの。もっと早く、祥にほんとのこと、打ち明ければよかったのよね」 涙声の里沙の言葉に、胸が締め付けられる。

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