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番外編『愛すべき贈り物』173

違う。里沙はきっと、あの家を出た時、自分にそのことを言おうとしてたんだ。いや、もっと前に、自分があの家を出て独り暮らしを始めた時も、里沙は何度も泊まりたいとせがんで、何か話をしたがっていた。 今、考えればいろいろ思い当たることはあるのだ。 でも自分は……姉を好きになってしまった罪悪感に囚われて、里沙の微弱なSOSを見過ごしてしまっていた。 橘の家を出た時の、里沙の疲れきった表情を思い出した。 自分はもっと早く、真実に近づけたのだ。 恋に目が眩んでさえ、いなければ。 祥悟は唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握り締めた。 ……落ち着け。落ち着いて、里沙の話にちゃんと耳を傾けないと。 自分が今、取り乱したら、優しい姉はまた口を閉ざす。どんな真実が飛び出しても、冷静に受け止めろ。もうこの姉を1人で苦しませるのは御免だ。 祥悟は、気持ちを落ち着かせる為に、大きく深呼吸した。 「里沙。話して。俺、ちゃんと聞くよ。今まで話せなかったこと、全部聞かせて」 穏やかに微笑む祥悟に、里沙はほっとしたように、こくんと頷いた。 「……なるほどな。橘の奥さんは、おまえに嫉妬してたってわけか」 「……う……ん。もともと、あの人自身が、お義父さまが前のお仕事でスカウトして育てたタレントさんだったの。結婚してお仕事は引退してたけど」 「自分の立場が脅かされるって思ってたのかな」 「それは分からないけど……。嫉妬深い人だから、気をつけた方がいいって、当時の家政婦さんに教えられたわ」 重苦しい空気を和らげるように、祥悟はふふっと笑って 「ま。奥さんよりお前の方が、断然美人だったしな。旦那を取られるって、危機感感じてたんだろ。気持ちは分かるような気はするけど?」 里沙は祥悟をめっと睨みつけて 「お義父さまは、最初は全然そんなこと、思ってなかったと思うわ。お義母さまのこと、大切にしてたし。……心から愛してらしたんだと思う」 「思い込んで、勝手にじたばたしちまったんだな。それでだんだん、橘さんの気持ちも離れていっちまったのかもな」 ため息混じりの暁の呟きに、雅紀はそっと目を伏せた。 橘の奥さんと立場は違うけど、自分に自信が持てなくて、雅紀も思い込んで、勝手にじたばたしていた。愛してくれている相手の気持ちを疑うってことは、結局、傷つきたくない自分の心を守る為の我が儘なのだ。 どんなに理屈を並べ立てても、そこに相手への思い遣りなんて……ない。 どうにもならないほどこじれてしまう前に、そのことに気づかせてくれた暁に、自分は感謝しなければ……。

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