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満ちる月4
「お前はさ、お前のまんまでいいんだよ。素直に甘えらんなくったって、ツンデレだってさ。俺はちゃんとお前のこと見てて、ほんとの気持ち、見つけてやるからな」
暁は、雅紀のぐしゃぐしゃになった髪を、今度は優しく手櫛でとかしてやり
「ただな……雅紀。今回のこと、俺はやっぱりきちんと事件にして、瀧田と桐島には罰を与えるべきだと思う。お前は優しいから、そういうの望まないかもしれないけど…」
雅紀は首を横に振り
「優しくなんかないです、俺。そうじゃないんです。貴弘さんが奥さんと離婚するって聞いた時、俺、凄くショックだった。俺はセフレとか安易に考えてて。独りぼっちは寂しい。でも1対1でちゃんと向き合ってつきあうのは怖くて。だから彼が既婚者って聞いて、それなら面倒なことにならなくていい。そんな浅はかな考えだったんです。彼の離婚は、俺のことだけが原因じゃないかもしれない。でも間違いなく、その原因のひとつにはなってて。俺の安易な行動の裏で、苦しんでいた女性がいたんだって。それが物凄いショックで。だから罰してもらいたいって、思ってた。償うべきだって」
「雅紀…」
「暁さんにお別れのラインを送った時、ああバチが当たったんだって。俺が人の心を安易に考えてたから。気持ちもないのに簡単にセックスして、恋愛の楽なとこだけ味わおうとしたから。本当に好きな人とちゃんと恋愛出来ないのは、当たり前なんだなって」
「……っそれは違う、雅紀。」
「貴弘さんのやり方は間違ってる。無理矢理とか監禁とか、そんなことしても俺は彼を好きにはならない。でも、彼もきっと苦しかったんだろうなって。好きな相手が自分から逃げようとしていて、それをどうしても繋ぎとめたくて、こんなバカなことしちゃったんだろうなって」
「だからってこんな……こんなやり方はダメだろ…っ」
「俺の昔のストーカーのこと。暁さんに話しましたよね。俺が監禁された話。あれもやっぱり、元は俺の恋人だったんです」
暁は目を見開き、痛ましそうに顔を歪めた。
「ゲイだから。マイノリティだから。自分の気持ち、分かってくれる人って貴重で。そういうの、言い訳にして、そんなに好きでもないのにつきあって。束縛されるのがだんだん怖くなって別れたんです。俺、その時、他に凄く好きな人が出来てて。揉めずに別れられてほっとしてた。酷いやつですよね、俺。だから、バチが当たった」
雅紀の目から涙があふれた。
「俺が悪かったんです。貴弘さんのことも、真剣に考えてなかった俺が悪い。だから…」
「もういい。分かったから。もうそれ以上言わなくていいよ」
「暁さん……こんな酷いやつでごめんなさい……。俺のせいで酷い目に遭わせて……本当にごめんなさい」
「大丈夫だ。お前の気持ちは分かったから。お前が嫌なら大事にはしない。ただ彼らには彼らなりのやり方で償ってもらう。2度とこんなバカなことしないようにな。これからどうするかは、もっとじっくり考えて結論を出そう。だからさ、今は少し眠りな。お前いろいろありすぎて疲れてるからさ。心配すんな。俺がずっと側にいる。お前のこと見守っててやるから」
心に引っ掛かっていたものを吐き出せて、雅紀はほっとしたのだろう。暁が優しく髪を撫でていると、やがて安心したように目を閉じ、眠りについた。暁は目尻に残る涙をそっと拭ってやり、布団をかけ直してやった。
暁は、テーブルの上に置きっぱなしだった煙草を1本くわえ、ライターで火をつけた。椅子に座って、ため息とともに煙を吐き出す。
雅紀の気持ちも分からなくはないが、自分は、雅紀が特別悪いとも酷いやつだとも思えない。
マイノリティとしての孤独に苦しんでいた彼の気持ちを、完全に分かってやることは、自分には出来ないかもしれない。
だが、それほど好きじゃない相手と付き合うなんてよくあることだし、それでやっぱり本気で好きになれなくて、別れることもありだろう。別れた相手がその後ストーカーになってしまったのは、何も雅紀のせいではあるまい。雅紀はたまたま運が悪かっただけだ。
セフレのことだって、月に1~2度会う程度だった相手が、しかも既婚者だった男が、そこまで本気で自分に執着しているとは、普通だったら思うまい。雅紀が桐島のことを真剣に考えていなかったというのなら、妻帯者の身で雅紀に手を出した桐島の方だって、雅紀の心を安易に考えていたと責められるべきだろう。
本当に、雅紀は運が悪かったのだ。
更に言えば、瀧田のような男に目をつけられて、今回のような酷い目に遭ったことに関しては、雅紀の方には何の落ち度もない。完全な被害者だ。
雅紀と関係があった桐島ならまだしも、瀧田は全くの無関係だ。桐島の弱味につけこみ、便乗して自分の欲望を満たしただけだ。百歩譲って桐島は許せたとしても、瀧田だけは絶対に許せない。
……あの変態野郎には、俺の大事なちんこを、酷使してくれちゃった恨みもあるからな。
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